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499. イネいもち病に対する判別システムの普及と利用

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499. イネいもち病に対する判別システムの普及と利用

イネいもち病は、熱帯から温帯地域のイネが栽培される全ての稲作地域で発生する重要病害の一つです。世界で初めての報告は、中国明代(1637年)にその記載があります。その後、1704年(日本)、1828年(イタリア)にも報告がありますが、日本では、1884-1945年の61年間に16回、1953-1960年では全収量の7%が減収となりました。1993年のように、冷夏の年に多発してきました。温帯地域では、1998-1999年(韓国)、1982-1985年、1992年-1994年、2001-2005年(中国東北地方)に大きな被害がありました。1960年代以降の近代品種の普及とともに顕著な被害が、熱帯地域でも報告されるようになりました。1990年から2006年(バングラデシュ)、2004年インドネシア(陸畑地帯で12%の収量減)、2004-2005年(ベトナム)、2005年(コロンビア、ブラジル、インド、マダガスカル)、2006年(エジプト)、2007年(ケニア)などの報告があります。国際稲研究所(IRRI)で開発され熱帯地域で広く栽培されているインド型品種のIR64についても当初は抵抗性品種とされていましたが、2003年と2005年にフィリピンで被害が報告され、インドネシアでは栽培が困難になるほどの状況になっています。世界のコメ生産量の1%程度がいもち病害により毎年失われており、それは400万トン程度(韓国の2010年の総生産量)になると推定されています。

いもち病防除のためには、いもち病優占菌レースの分布や有効な抵抗性遺伝子に関する情報が、稲作が主要な生活基盤である熱帯の開発途上地域の病理・育種研究者にとっては、重要な関心事です。このため国際農林水産業研究センター(国際農研)は、IRRIやアフリカイネセンター(AfricaRice)と共同で、イネ品種の抵抗性やいもち病菌菌系の病原性を評価する判別システムの開発・普及に関するネットワーク研究を進めてきました。判別システムは、抵抗性遺伝子を保有する判別品種と病原性が明らかな標準判別いもち病菌菌系で構成され、それらの反応パターンから抵抗性や病原性の差異を判別する仕組みです。農林水産省が拠出した日本-IRRI共同研究プロジェクトで育成した判別品種群を用いて、日本、韓国、中国、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、フィリピン、インドネシア、バングラデシュ、西アフリカ(AfricaRice、2010年より)、ケニア(2015年より)、エチオピア(2017年より)などの研究者も参加し、それぞれの地域のいもち病菌レースとイネ遺伝資源の抵抗性の変異が解明されました。その結果、いもち病菌菌系については、最も多様性が高かったのは、中国(雲南省、四川省)およびバングラデシュから採取した菌系であり、一方、日本の菌系は極めて低いことが明らかになりました。いもち病菌の起原地が、この高い多様性を示した地域にあると推定しています。また高い病原性をもつ菌レースが集中している地域が、中国の東北地方、バングラデシュ(Khan et al. 2016)および西アフリカで見つけられました。

一方、イネ品種におけるいもち病抵抗性の変異については、IRRIで保存されているアジアのイネ遺伝資源922品種について、フィリピン産標準判別いもち病菌菌系を用いた解析から、南アジアの品種で幅広い変異が認められ、一方日本では感受性品種が多く変異が少ないことが明らかとなりました。中国や東南アジアでは、両者の中間的な変異の幅となりました。いもち病菌レースとイネ品種の多様性変異の高低は、このように地域間で対応していました。またアフリカ、中国の東北地方、バングラデシュでは、抵抗性強の品種の利用が図られており、それに対応して広範な抵抗性遺伝子に病原性を示す菌レースが優占して発生していることも明らかになりました。つまり抵抗性品種の利用が、よりリスクのある病原菌レースを生じさせていました。この様な関係は、いもち病菌レースの病原性遺伝子とイネ品種との抵抗性遺伝子との関係(遺伝子対遺伝子理論)に基づいて説明することができます。

ネットワーク参加国のいもち病菌菌レースのデータをもとに国際判別システムを、国際農研は開発しました。またバングラデシュ、ベトナム、ラオス、インドネシア、フィリピンでも判別システムは開発され、育種や病理研究で利用されています。

熱帯地域の開発途上地域において、イネにおける1960年以降の「緑の革命」から、いもち病害が顕著になってきたといわれています。これまでの多様な在来種に代わり、半矮性で倒伏せず、多肥料を加えることで多収となったIR8、IR24、IR36、IR64に代表とされる品種群が育成・普及し、また交配母本として利用されてきました。これらの品種は複数の真性抵抗性遺伝子を保有するもの、その種類は限られおり、これらの単一品種の大規模、連続栽培(モノカルチャー)がおこなわれ、これら品種を罹病化できる優占いもち病菌レースが容易に発生してきました。

反対に、多くの抵抗性遺伝子を罹病化できない病原性の少ない菌レースや多様な菌レースが分布するようないもち病集団に対しては、高い抵抗性を示すイネ品種は必要ありません。いもち病菌レースの集団の動態を判別システムなど用いて解析し、かつ人為的に制御できれば、安定的なイネ栽培が可能となります。

またこれまでのように真性抵抗性遺伝子の集積に頼った品種育種では、病原性を有する優占菌レースの発生を容易に許してしまうことが確認されました。このため安定的な防除技術を開発の一つの方向として、1)優占いもち病菌レース発生の防止、2)多様で病原性の少ない菌レース分布のための人為的制御、3)このためのマルチライン品種の利用、4)圃場抵抗性遺伝子の利用、5)判別システムを用いた抵抗性遺伝子の評価、などへの取り組みが重要になってくると考えます。これらの技術開発と利用のためには,育種のみならず、病理学や栽培学などの研究領域と連携しながら、環境に調和し、環境への負荷を最小限にとどめた栽培技術の開発研究が今後、益々大切です。

 

(参考文献)
福田善通 (2022) イネいもち病抵抗性判別システムの普及と利用、育種学研究 23(129): 1236、doi: 10.1270/jsbbr.21J10
国際農林水産業研究成果情報 2020「イネいもち病防除のための国際判別システム」https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2020_b11

Yoshimichi Fukuta (2021) JIRCAS blast research network for stable rice production. Applicable Solution Against Rice Blast in Asia. Edited by Yoshimichi Fukuta, Akira Hasegawa, Masayasu Kato, Ray-Tu Yanng. Food Technology Center for the Asian and Pacific Region (FFTC), Taipei. pp. 1-17. https://www.fftc.org.tw/zh/activities/detail/150

(文責:企画連携部 福田 善通)
 

 

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