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367. 気候変動対策の政策はカーボンの社会的費用を重視せよ

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367. 気候変動対策の政策はカーボンの社会的費用を重視せよ

2021年11月に予定されている第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)に向け、各国は気候変動対応に向けた政策の策定に動いています。その過程で、温室効果ガス排出の経済的評価に関する指針は、気候変動対策の実施規模の決定に重要な意味を持ちます。

ハーバード大学のJoseph E. Aldy氏らは、8月20日号のScience誌に炭素の社会的費用(SCC)に焦点を当てた気候政策に関する論考を寄せました。以下、内容について紹介します。

気候変動をもたらす二酸化炭素(CO2)の排出を削減するための費用は、その行動を行った時点で発生するのに対して、経済的な損害が回避された後に生じる便益は、今後数百年、時には数千年にわたって生じ続けます。この将来の経済効果を貨幣価値に換算したものが『炭素の社会的費用(SCC)』で、CO21トンあたりで計算されます。回避される損害には、農業生産への影響、労働生産性の低下、財産被害(特に沿岸部)、死亡率や罹患率への影響、移住の誘発などが含まれています。

米国のバイデン大統領は就任初日に「温室効果ガスの社会的コストに関する省庁間ワーキンググループ」の再設置を命じ、2022年1月までに最終的なSCCを作成するよう指示しました。同政権が発表した暫定のSCCでは、1トン当たりの社会的費用は51ドルとなっています(参考:Pick Up 243. 温室効果ガスの社会的費用)。さらに、バイデン大統領は各省庁に対し、予算、調達、その他の政府の行動による気候変動の恩恵を収益化するために、SCCの適用を検討するよう指示しています。ちなみにSCCについては、米国以外にもカナダ、フランス、ドイツ、メキシコ、ノルウェーなどの政府や国際通貨基金が、米国を参考にしたり、独自のSCCを作成しています。

気候変動の政策評価の手法はSCCを用いた費用便益分析(cost-benefit analysis)の他にも存在します。例えば、世界平均気温の最大上昇率やCO2の排出量をゼロにする目標を設定して、その目標を達成するために選択する代替アプローチのコストと比較する方法(費用対効果分析*: cost-effectiveness analysis)も提案されています。米国における気候政策評価の実務では、SCCを用いた費用便益分析が主流ではあるが、最近ではSCC推計にまつわる複雑さに対し、費用対効果分析を推進する動きもあるようです。

筆者らは気候目標を達成するための費用対効果の高い方法を促進する研究の価値を認識しつつも、気候政策を評価し正当化する手段としてはSCCを用いた費用便益分析による評価を用いることを推奨しています。費用対効果分析は、目標を達成するために最も低コストの政策を採用することに焦点が当てられており、利益は全く考慮しないコストの見積もりです。さらに、この方法では気候変動による損害の回避という便益が無視されているため、気候変動対策を取ろうとした際に政策が後退する可能性もあると考えています。このため、SCCを用いた費用便益分析による評価を採用し、現在のSCCの暫定値を信頼できる値に更新することで気候政策評価に適用すべきとしています。

*費用対効果分析は、対策間の順位付けには役に立つが、対策ごとの是非が判断できない。これに対して費用便益分析は、純便益の大きさによって対策の優先順位を付けることができるだけでなく、対策ごとにその是非が判断できる。

(参考)
Aldy, J. E. et al., (2020) Keep climate policy focused on the social cost of carbon. Science
https://science.sciencemag.org/content/373/6557/850.full

(文責:情報広報室 金森 紀仁)

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