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243. 温室効果ガスの社会的費用

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2021年1月、米国でバイデン政権が誕生しましたが、最初のアクションの一つがパリ協定への復帰でした。バイデン大統領は、就任初日に、二酸化炭素 (CO2)・メタン(CH4)や亜酸化窒素(N2O)の温室効果ガスの社会的費用を推計する省庁横断ワーキング・グループの再設立を命じました。

気候変動は極端気象をもたらすことで、作物生産への直接被害や生産性の低下、インフラの破壊や健康被害・疾病をもたらしますが、こうした外部費用は市場価格に反映されず、温室効果ガス排出削減を目指す気候変動対策の有効性も過小評価されがちです。2050年までにカーボン・ニュートラルを達成するための気候変動対応においてカギとなるのが、カーボンの社会的費用 (The social cost of carbon: SCC)です。この指標は追加的なカーボン排出による外部費用を反映させることで、今日の排出が将来世代に及ぼす負担の推計を可能にします。言い換えると、一トンあたり二酸化炭素排出削減の将来価値を反映することで、温暖化減速のための気候変動対策投資を促すシグナルとなります。直接の費用負担を伴う炭素税とは対照的に、社会的費用は実際に支払われはしないのですが、政策上、気候変動対策に大きなウェイトを置くツールとなります。

この指標は気候変動対策上非常に重要であり、値が高ければ高いほど、カーボン排出を将来世代の負担へ配慮することを意味します。オバマ政権は3%の割引率(discount rate)を用い、2020年時点でのカーボン価格を1トンあたり約50ドルと推計していました。しかし、トランプ政権は、オバマ政権時代の推計を否定し、7%の割引率を設定し1トンあたり社会費用を1-7ドルに抑えることで将来世代に配慮した気候変動対策を経済的にペイしないものとみなし、また米国による海外での温室効果ガス排出の影響は考慮しませんでした。

バイデン政権の省庁横断ワーキンググループが指標についての見直しを行う中、研究者らは、少なくともオバマ政権時代の数値に戻し、また米国による海外での温室効果ガス排出の影響も考慮して、社会的費用の値を随時アップデートする必要性を訴えました。  2021年2月中旬、著名な経済学者であるNicholas Stern 氏と Joseph Stiglitz氏 も、将来の気候変動による損害を推計する経済モデルを再評価し、将来世代の厚生により関心を割く倫理的な理由と現在の超低金利に言及し、トンあたり50-100ドルの社会的費用を提案しています。

2月26日、バイデン政権の省庁横断ワーキンググループは、科学的エビデンスに基づく意思決定を行うことを表明した上で、暫定的に温室効果ガスの社会的費用をオバマ政権時代の水準に戻すことを発表しました。割引率2.5%、3%、5%のオプションを提示した上で、割引率3%のもと2020年における、1トン当たりの社会的費用は、二酸化炭素は51ドル、メタンは1,500ドル、亜酸化窒素は18,000ドルと発表されました。 ワーキンググループは、これらを暫定的な数値とし、今後もエビデンスに基づいてアップデートを続け、最終的な数値を2022年1月に発表するとしています。経済学者らは割引率を2%程度にすることを正当だと提言しており、社会的費用がもう少し引き上げられる余地はありそうです。

メタン(CH4)は二酸化炭素の約25倍、亜酸化窒素は(N2O)二酸化炭素の約300倍の温室効果ガスといわれています。農業活動はそれらの主要な人為的発生源とされ、メタンでは畜産・水田管理によるもの、亜酸化窒素は窒素肥料施用と土壌微生物の作用により発生しているとされています。国際農研は、開発途上国や国際機関などのパートナーとともに、畜産水田からのメタン排出推計法の確立や、亜酸化窒素の削減を通じた環境負荷の低い農業システム技術の開発を行っています。


参考文献
Eight priorities for calculating the social cost of carbon. Feb 19, 2021. Nature 590, 548-550 (2021) doi: https://doi.org/10.1038/d41586-021-00441-0

The White House. A Return to Science: Evidence-Based Estimates of the Benefits of Reducing Climate Pollution. FEBRUARY 26, 2021 • BLOG  https://www.whitehouse.gov/briefing-room/blog/2021/02/26/a-return-to-sc…

(文責:研究戦略室 飯山みゆき)

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