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16. 新型コロナウイルス・パンデミック ― 世界銀行速報:アジア太平洋地域の開発途上国 大幅な成長鈍化の可能性

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アジア

世界銀行 (World Bank) のアジア大洋州(East Asia and the Pacific: EAP)地域総局は、年に2回、域内の経済報告書を発表しています。2020年3月30日に公表された報告書では、2019年末に中国での発生が報告され、今年3月には世界保健機関(WHO)によりパンデミックであると表明された新型コロナウイルス感染症 (COVID-19)が、EAP地域に及ぼす経済的影響の分析に多くのページが割かれています(World Bank 2020)。COVID-19の影響分析を、世界銀行が想定するシナリオと農業への影響に注意しつつ整理しました。

EAP地域の国々は貿易と投資によって世界経済と密接に結びつき相互に作用しているため、COVID-19の経済への影響を純粋に捕捉することは容易ではありません。そこで、世界銀行は2つのシナリオを想定した上で、ENVISAGEと呼ばれる応用一般均衡モデル(CGE)によるシミュレーション分析を行うことで、COVID-19の影響評価を行っています。

2つのシナリオのうちの1つ目、「基礎シナリオ」は、中国ではCOVID-19の影響が大きいものの、その他の全ての国では影響は限定的で、経済は急速に回復すると想定したものです。2つ目の「低位シナリオ」は、全ての国が長期間COVID-19の大きな影響を受けるという状況を想定しています。「影響が大きい」とは、以下の4つのショックを同時に受けている状態を意味します:①全産業での雇用の3%減少。②全ての輸出入にかかる貿易コストの25%増加。③国際観光の急激な減少(モデルでは観光関連サービスの消費税50%上昇という形で処理)。④人との密接な接触が必要な大量輸送、観光、飲食、娯楽活動等の需要の15%減少と、減少分の他産業の需要増加。一方、「影響が限定的」とは、これらの半分の大きさのショックを受けることを意味します。

シミュレーション分析からは、2019年に5.8%だったEAP地域の発展途上国の経済成長率は、2020年には「基礎シナリオ」の下で2.1%、「低位シナリオ」では-0.5%と大幅に鈍化するという結果が得られています。産業別にCOVID-19のEAP地域への影響を見ると、観光に関わるサービス業が最も深刻な影響を受けると見られています。「低位シナリオ」では、COVID-19が無い場合と比較して、国内外の観光に関わるサービス業の生産額が10%前後低下する国が多いと予測されています。特に、観光収入がGDPに占める割合が大きいカンボジアやラオス、マレーシア、太平洋諸島、フィリピン、タイでその影響が大きいと考えられています。

一方、農業生産額への影響は、「低位シナリオ」下の中国で-3.1%、EAP地域のその他の開発途上国では-2.7%と比較的小さいと見られていますが、1つ注意すべき点があります。それは、COVID-19は、EAP地域の開発途上国に多く存在する農業従事者やインフォーマルセクターの労働者に、特に深刻な影響を及ぼし得るということです。農業従事者が全労働者に占める割合は、タイやインドネシア、ベトナムでも30%を超えており、ミャンマーや東ティモールでは50%超、ラオスやメラネシアの国々(パプアニューギニア、ソロモン諸島、バヌアツ)では60%超に至ります。農業部門に多く存在すると考えられる小規模農家は、一般的に公的な社会保障へのアクセスが困難な状況にあります。農産物需要の減少に直面した際に、直ちに所得補償や社会的保護を受けられなければ、これらの人々の所得は大幅に減少する可能性があります。また、これらの人々が休業補償を得られなければ、COVID-19に感染しても働き続けなければならならず、自身のみならず周囲の人々の健康も危険にさらし得ると指摘されています。

世界銀行は、上述のシミュレーションを含む一連の分析から、以下の6つの政策提言を導き出しています:①保健政策(感染者数急増の抑制)とマクロ経済政策(急激な景気減速の抑制)の調整。②保険医療能力の増強。③財政・金融政策の再構築(現金や現物支給など経済的に脆弱な人々への支援や、景気回復期の拡張的なマクロ経済政策や雇用支援)。④家計の信用へのアクセス改善と、企業の流動性へのアクセス改善。⑤開放的な貿易政策の維持。⑥国際機関による地域政府の支援(医薬品の供給拡大のための官民連携の推進等)。そして、「大胆な国家的行動に加えて、より深い国際協力が、この深刻な脅威に対する最も効果的なワクチンであることを認識しなければならない」とまとめています。

国際農研は、アジア諸国の農業・食品産業のバリューチェーンの動向を追うとともに(Kusano 2019)、低利用資源や伝統食品の高付加価値化を通したフードバリューチェーン形成のための旗艦プロジェクトを実施し、同地域の農業・食品生産者の生計向上に寄与することを目指しています。

 

参考文献

Kusano E. 2019. Overview of Agri-food Industries in ASEAN: Basic Information on the Food Value Chain. ERIA Research Project Report 2018, 12. https://www.eria.org/publications/overview-of-agri-food-industries-in-asean-basic-information-on-the-food-value-chain/

World Bank. 2020. World Bank East Asia and Pacific Economic Update, April 2020: East Asia and Pacific in the Time of COVID-19. Washington, DC: World Bank. https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/33477 (内容に関する本翻訳は、World Bankから公式に承認を受けたものではなく、翻訳上の誤りなどの責任は文責にある。)

 

(文責:社会科学領域 草野栄一)

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