Pick Up
1494. アンモニアは本当にクリーン燃料になりうるのか ― 脱炭素と窒素循環を同時に捉える視点 ―
1494. アンモニアは本当にクリーン燃料になりうるのか ― 脱炭素と窒素循環を同時に考えるという論点 ―
One Earth 誌に掲載された論説は、肥料として農業に広く使われてきたアンモニアが、近年エネルギー用途にも拡大しつつあることを背景に、脱炭素と窒素循環を同時に考える必要性を論じています。
論説は、ハーバー・ボッシュ法によるアンモニア合成が、20世紀の食料生産と人口増加を支えた重要な技術であったと述べています。一方で、人為的に固定される反応性窒素の増加が、自然の窒素循環を大きく変化させてきたことも整理されています。2020年時点で世界のアンモニア生産量は約1億8,500万トンに達しており、そのおよそ7割が肥料として農業で使用されています。アンモニアの製造はエネルギー集約的で、世界の最終エネルギー消費の約2%を占め、年間約4億5,000万トンのCO₂を直接排出しています。さらに、人間活動による反応性窒素の生成量はすでに自然界による生成量を上回っており、肥料利用の非効率性や低い窒素利用効率、国際貿易の拡大、燃料としての新たな利用によって、大量の窒素が大気・陸域・水域へと流出しています。2020年には、工業的に生産されたアンモニアの約3分の1に相当する量が大気中に排出されたと推定されています。これらの窒素損失は、大気汚染、富栄養化、土壌酸性化、生物多様性の損失、健康影響を引き起こし、さらに気候変動とも相互に関係しています。
論説は、こうした影響がアンモニアの合成そのものではなく、利用の過程で長い「窒素カスケード」として現れる点を強調しており、窒素循環の攪乱はプラネタリー・バウンダリーの中でも特に深刻な超過領域であり、地域間の生産・消費・環境影響の分断によって、統治が一層難しくなっていると指摘しています。
論説は、アンモニアが近年、肥料用途に加えて炭素を含まないエネルギーキャリアとして注目されている状況を紹介しています。再生可能エネルギー由来の水素を用いて生産されるアンモニアは、理論上CO₂を排出しません。また、水素よりも貯蔵・輸送が容易で、既存のインフラを活用できるという特徴があります。国際エネルギー機関(IEA)のシナリオでは、特に海運燃料としての利用拡大を背景に、2050年までに世界のアンモニア生産量が現在の2〜3倍になる可能性が示されています。
一方、論説は、アンモニアの環境影響の多くが製造段階ではなく使用段階で顕在化する点を強調しています。アンモニアは貯蔵・輸送・利用の過程で漏出する可能性があります。また、燃焼や分解の過程で、亜酸化窒素(N₂O)や窒素酸化物(NOx)が発生します。論説によれば、N₂Oは強力な温室効果ガスであり、NOxは大気汚染の原因となります。これらの窒素化合物は環境中を移動し、水域や海洋に流入することで富栄養化を引き起こします。論説は、こうした連鎖的な影響を「窒素カスケード」として整理しています。
論説は、アンモニアの持続可能性を炭素排出量の低さだけで判断することはできないと明確に述べています。再生可能エネルギーで生産されたアンモニアであっても、使用効率の低さや排出管理の不十分さがあれば、窒素循環への負荷は解消されません。そのため論説では、窒素のカスケード全体を視野に入れた対応として、
①生産量の抑制、
②窒素利用効率の向上、
③窒素の循環利用、
④最終的な窒素のN₂への転換、
という4つの介入点が示されています。
とくに②に関して、農業分野では、精密農業や「4R」(適切な資材・量・時期・場所)に基づく施肥、緩効性肥料の活用、飼料利用の改善、作物育種などを通じて、NUEを高める取り組みが長年進められてきました。同様の考え方は、エネルギー用途としてのアンモニアにも当てはまると論説は指摘しています。論説は、農業とエネルギーの双方において、「投入された窒素をいかに無駄なく使うか」という視点が、窒素負荷低減の鍵であると強調しています。
アンモニアを脱炭素社会で持続可能に活用するためには、生産段階の脱炭素化と、使用段階における窒素管理を切り離さずに考える必要がある、という点が、論説の中心的なメッセージです。
(参考文献)
Jan Willem Erisman, Ammonia for food and fuels in a sustainable future, One Earth (2026). https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S2590332226000229?via…
(文責:戦略統括室 飯山みゆき)