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1326. 主要な病害からイネを守るための世界的な取り組み

1326. 主要な病害からイネを守るための世界的な取り組み
白葉枯病やいもち病といったイネの病害は、アジアやアフリカにおいてイネの生産の低下に繋がり、食料安全保障を脅かしています。こうした脅威に対し、研究者たちは、極めて病気(白葉枯病もしくはいもち病)に弱いイネ品種の均一な遺伝的背景に1つ1つ異なる抵抗性遺伝子を持つように改良した、高度に特殊化したイネ系統シリーズ(準同質遺伝子系統:near-isogenic lines NIL)を通じた対策を講じています。
40年以上にわたり、NILsは病害耐性イネの育種において重要な役割を果たしてきました。NILsは、見た目は元の病気に弱いイネ品種と変わりませんが、1つの抵抗性遺伝子による微妙な遺伝的差異が病原体に対してどれくらい効果があるのかを研究する強力な手段となります。さらに重要なことに、NILsは、抵抗性遺伝子のドナーとして利用され、より強く、より耐性のあるイネ品種を育種する上で大きな役割を果たしています。
国際稲研究所(IRRI)と国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の長年にわたる協力により開発されたIRBB(白葉枯病)系統とIRBL(いもち病)系統は、イネ病害研究における世界標準となっています。2012年から2025年にかけて、1,100以上のサンプルが14カ国26の研究機関に配布され、イネ研究と作物保護に極めて重要な役割を果たしています。
国際稲研究所(IRRI)のブログから、IRRIとJIRCASの共同研究の成果を振り返ってみたいと思います。
白葉枯病準同質遺伝子系統(IRBB)の起源
NILsの歴史は、1970年代後半、当時のIRRI所長ナイル・ブレイディ博士が国際農林水産業研究センター(JIRCAS)の日本のパートナーと会談したことに始まります。標的抵抗性というアイデアに着想を得たIRRIの病理学者トム・ミャオ(苗東花)博士とグルデフ・クシュ博士をはじめとする育種家たちは、日本の研究者である小川紹文博士、山元剛博士と緊密に協力し、白葉枯病に対する最初のNILs(準同質遺伝子系統)を開発しました。後にIRBBシリーズとして知られるこれらの系統は、イネ病害研究における画期的なツールとなりました。
時を経て、IRBB系統はXa7、xa13、Xa21、Xa23といった重要な抵抗性遺伝子の特定に貢献しました。また、科学者たちはIRBB系統を用いて白葉枯病を引き起こす病原菌であるXanthomonas oryzae pv. oryzae(Xoo)の系統分類を行い、Xooを植物と病原菌の相互作用を研究するためのモデルとして活用しました。
イネいもち病の準同質遺伝子系統(IRBL)の開発
IRBB系統の成功に刺激を受け、IRRIの研究者たちは、このアプローチをもう一つの主要なイネ病害であるいもち病への対策へと拡大しました。感受性イネ品種CO39を出発点として、マイク・ボンマン博士やデビッド・マッキル博士をはじめとする研究者たちは、JIRCASの共同研究者である井邊時雄博士と協力し、後にIRBLとして知られるいもち病抵抗性遺伝子(Pi遺伝子)を持つ新たなNILs(準遺伝子型イネ系統)を開発しました。
1999年から2010年にかけて、福田善通博士と小林伸哉博士は、イネ品種CO39とLTHを基盤とする24の単一遺伝子系統を開発しました。これらの系統は現在、いもち病抵抗性の世界的な標準として機能し、2003年に設立された国際イネいもち病研究ネットワークの基盤となっています。
世界中の育種家から信頼
今日、世界中の育種家がNILsを用いて、病害に強いイネ品種を育成しています。インドでは、IRBB系統由来の耐性遺伝子が、改良プサバスマティ1号やBRRI Dhan 60号といった広く普及している品種の開発に貢献しました。バングラデシュでは、IRBB60がボロシーズンの普及品種であるBRRI Dhan 101号の開発に重要な役割を果たしました。インドネシアで最も栽培されている品種の一つであるインパリ32号の病害抵抗性は、IRBB64に由来しています。
その影響は南アジアをはるかに超えています。マダガスカルでは、研究者がNILsを用いて在来品種の強化に取り組んでいます。フィリピンでは、これらの系統が新たな病原菌株の追跡に役立っています。バイエルやコルテバ・アグリサイエンスといった民間企業でさえ、耐性の崩壊を予測し、より強固な育種戦略を開発するためにNILsを活用しています。
今後の展望
気候変動が新たな、より深刻な病害の引き金となるにつれ、NILsの役割は拡大しています。科学者たちは現在、野生イネの近縁種から遺伝子を統合し、ゲノムワイド関連解析(GWAS)を通じて新たな抵抗性遺伝子を特定し、複数の抵抗性遺伝子を集積することで、より耐久性の高い品種の開発に取り組んでいます。NILsによる研究・育種の進め方は、紋枯病、ツングロ病、褐斑病、稲こうじ病といった新たな脅威への対策にも応用できます。
未来の病原体が既に出現しつつある世界において、NILsはイネが常に一歩先を行くことを保証し、農家の安全を守るのに役立ちます。
「IRRIとJIRCASによる白葉枯病およびいもち病準同質遺伝子系統の歴史:世界のイネ病理学の礎」と題された報告書全文は、IRRIの書籍からご覧いただけます。