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1224. 受け継がれたタイムカプセル。失われた遺伝資源が拓く未来の扉

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1224. 受け継がれたタイムカプセル。失われた遺伝資源が拓く未来の扉

 

2024年11月20日、神戸大学を代表機関として、国立遺伝学研究所、国際農林水産業研究センターを共同研究機関とした学術研究チームは、カンボジア農業開発研究所(CARDI)を訪問し、国立遺伝学研究所に保存されていたカンボジア在来イネ品種49品種の種子を母国カンボジアに返還しました。これらの種子は1957年から1958年にかけて、日本の東南アジア稲作民族文化綜合調査団の一員として、兵庫農科大学(現:神戸大学農学部)の濱田秀男教授が、ベトナム、カンボジア、ラオス、タイにおいて収集した在来イネ品種の一部です。

これまで長きにわたってその存在が忘れられていましたが、2006年に神戸大学で偶然再発見されました。長期間常温で保管されていたため、発芽能力はなく遺伝資源としての価値はないと思われました。しかし、国立遺伝学研究所において、これらの一部が保存されていることがわかり、遺伝資源としての価値が再評価されました。そこでこれら品種の農業特性を調査した結果、これらの在来品種は、改良品種より高い遺伝的多様性が維持されており、将来のイネ育種に極めて重要な遺伝資源であることが明らかになりました。

カンボジアでは、中央のトンレサップ湖を中心に、変化に富んだ稲作環境に適応する多様な在来品種が選抜され、栽培されてきました。しかし、1970年代の内戦による農業活動の著しい制限や、その後の復興における近代改良品種への置き換わりにより、当時栽培されていた在来品種の多くが失われました。今回返還された在来イネ品種は、失われた遺伝資源を復興させ、カンボジアにおける遺伝的多様性を回復し、未来のイネ育種に貢献すると期待されます。

地球上には約870万種の生物が存在すると推定され、そのうち約7000種の植物が人類の社会活動に利用されてきました。しかし、現在では30種類の作物が人類の食料エネルギーの95%を提供しており、そのうち4種類(米、小麦、トウモロコシ、ジャガイモ)だけで60%以上を占めています。このような少数の作物に依存することは、遺伝的多様性の喪失を招き、将来的な気候変動や病害虫の発生に対する脆弱性を高めるリスクがあります。そのため、多様な遺伝資源の収集・保存し、その特性評価を行い、高度に利活用できる体制を構築することが重要です。これにより、将来の予想される多様な環境変動に適応できる作物を育成し、食料安全保障を確保することに貢献します。

今日の農業の基礎となる作物の栽培品種は、1万年以上前に、種子の非脱粒性や非休眠性、種子・果実等の可食部の大きさなど、比較的単純な形質の淘汰によって形成されてきたと考えられています。その後、長い栽培の歴史の中で、それぞれの栽培地域の風土に適した形質によって選抜され、人類にとって利用価値の高い多種多様な在来品種として維持されてきました。したがって、在来品種は、当時の遺伝的多様性を保持すると同時に、優れた多様な形質を備えるタイムカプセルでもあります。

しかし、近代的な集約農業や、食料生産を飛躍的に増加させた緑の革命に寄与した半矮性品種の普及によって、在来品種が栽培される機会が減少し、遺伝的浸食が進んでいます。また、近年の急激な気候変動や、人類の活動範囲の拡大に伴う森林伐採や工業化・都市化、国際紛争や内戦によって自然生態系の破壊が進み、多くの生物種の消失・枯渇が懸念されています。

遺伝資源の収集と保存、その評価は、地道な活動ですが、将来的な食料安全保障や環境変動への対応において重要な役割を果たします。国際農研では、交付金プロジェクト研究(C4熱帯作物資源)において、遺伝資源の保存と、多様性の評価、さらには利活用に向けた有用遺伝資源の探索と育種素材の開発に取り組んでいます。今回の学術共同研究においても、亜熱帯地域に位置する熱帯・島嶼研究拠点(沖縄県石垣市)において、本州では栽培調査が困難なこれら品種の圃場特性調査を行い、遺伝的多様性の解明に貢献しました。今後も遺伝資源を最大限に活かす研究活動を通じて、持続可能な農業の実現を目指していきます。


(文責:熱帯島嶼研究拠点 齊藤大樹)
 

 

 

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