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1088. 古代の野生近縁種が気候変動に強いコムギ生産システムの鍵を握る

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1088. 古代の野生近縁種が気候変動に強いコムギ生産システムの鍵を握る

 

何百万年もの間、変化する気候を生き抜いてきた作物の野生近縁種が、人類が最も広く栽培している作物であるコムギを気候変動に適応させるための解決策を提供するかもしれません。国際トウモロコシ・コムギ改良センター(CIMMYT)が主導する2つの新しい研究は、この古代の遺伝的多様性を利用することで、コムギの育種に革命をもたらし、世界の食料安全保障を守ることができることを明らかにしました。

2024年8月27日に公表された、CIMMYT & Crop Trustプレスリリース の内容を紹介します。

 

天候が不規則かつ極端になるにつれ、世界の全カロリーとタンパク質の20%を供給し、グローバスサウスに住む15億人の主食となっているコムギは、かつてない脅威に直面しています。例えば、熱波、干ばつ、洪水、新たな病害虫などです。

「我々の現在の育種戦略は十分に役立ってきたが、今や気候変動がもたらすより複雑な課題に対処しなければならない」と両研究の共著者であるCIMMYTマシュー・レイノルズ博士は述べます。

この研究では、世界155カ所のジーンバンクに保管されている約80万個のコムギの種子という、ほとんど手つかずの膨大な遺伝資源の蓄積の存在について指摘しています。これらには、数千年にわたり多様な環境ストレスに耐えてきた野生の近縁種や古代の農家が開発した品種が含まれます。現代の作物育種に利用されているのは、この遺伝的多様性のほんの一部に過ぎないが、すでに大きな利益をもたらしているのです。

 

証明された野生コムギ遺伝子活用の利点

そのひとつは、8月27日にGCB(Global Change Biology)誌に掲載された総説であり、野生近縁種の形質が、持続可能性の向上などへの大きな可能性を秘めていることを証明しています。それによると、2000年以降、耐病性コムギ品種の栽培により、推定10億リットルの殺菌剤の使用が回避されました。

「コムギへの野生近縁種の耐病性遺伝子の導入がなければ、殺菌剤の使用量は倍増し、人間と環境の健康に害を及ぼしていたでしょう」と、CIMMYTの分子育種家であり、このレビューの共著者であるスザネ・ドライシガッカー博士は言います。

CIMMYTが主導する国際コムギ改良ネットワーク(世界中の数百のパートナーと試験場から構成)を通じて新しいコムギ育種系統が共有されることで、毎年110億米ドルの穀物増産に相当する生産性が向上しています。この生産性向上により、数百万ヘクタールの森林やその他の自然生態系が食料生産への土地利用変更から救われています。

また、このレビューでは、コムギの野生近縁種を利用したその他の重要なブレークスルーも紹介しています:
- 野生形質を組み込んだコムギの実験系統の中には、現行の品種と比較して、暑さや干ばつ条件下で最大20%増の成長を示すものがある。
- コムギの近縁野生種の遺伝子は、土壌微生物に作用し、強力な温室効果ガスである一酸化二窒素の生成を減らし、コムギが窒素肥料をより効率的に利用できるように開発された史上初のBNI強化コムギを生み出した。
- アフガニスタン、エジプト、パキスタンの新しい高収量品種は、温暖化する気候に対して強い野生コムギ遺伝資源を用いて開発され、リリースされた。

「CIMMYTと日本の国際農研による画期的な成果は、コムギ生産システムのレジリエンスを高め、環境フットプリントを削減する新たな可能性を開くものです」と、GCBレビューの共著者であり、BNI強化コムギの世界的な気候緩和と食料安全保障への可能性を追求する、新たな研究イニシアチブ、CropSustaiNの部長であるビクター・コメレルは言います。

また、「BNI強化コムギは、野生コムギから「BNI形質」をコードする染色体領域を栽培コムギに導入することによって開発され、世界のコムギ生産システムからの窒素漏失を抑制する劇的な影響を与えることができ、農業由来のGHG排出を抑制する世界初の「遺伝的緩和」の戦略である」と、同じくGCBレビューの共著者であり、国際農研のG.V.スバラオ氏は述べます。

Nature Climate Changeに掲載された2つ目の研究は、気候変動に対するレジリエンスを向上させるために、遺伝的多様性の探索と利用を拡大することが緊急に必要であることを示しています。必要とされる形質の中には、より深く、より広範囲に根を張り、水と養分をよりよく利用できるものや、より広い温度範囲で良好な光合成を行うもの、開花期におけるより優れた耐暑性、一時的な干ばつや洪水発生時の生存率の向上などが挙げられます。

GCBレビューの共著者であるノッティンガム大学のジュリー・キング博士は、「今日、緊急に必要とされている複雑な気候変動に強い形質を利用するには、より多様な遺伝資源を利用することと共に、育種アプローチのパラダイムシフトが必要です」と説明します。 

現代の作物育種は、比較的狭い範囲の「スター選手」、つまり、既に高いパフォーマンスを示すことが分かっており、遺伝学的に予測可能なエリート品種にのみ焦点を当ててきました。これとは対照的に、野生コムギ近縁種の遺伝的多様性は、複雑な気候変動に強い形質を提供するが、その利用には、エリート品種を用いた従来の育種アプローチよりも時間とコストがかかり、リスクも高い傾向にあります。しかし今、新たなテクノロジーがその方程式を変えようとしています。

 

 

不可能を可能に

「私たちは、これまで育種家がアクセスできなかった遺伝的多様性を迅速に探索するツールを手に入れました」と、このレビューの共著者で、作物の多様性の保全と利用を世界的に支援するクロップ・トラストのBOLD(Biodiversity for Opportunities, Livelihoods and Development)プロジェクトのコーディネーターであるベンジャミン・キリアン博士は説明します。
これらのツールの中には、次世代遺伝子シーケンス、ビッグデータ解析、衛星画像を含むリモートセンシング技術があります。後者により、研究者は植物の成長速度や耐病性などの形質を、世界中で日常的にモニターすることが可能となります。

しかし、これらの遺伝資源の可能性を最大限に引き出すには、世界的な協力が必要です。「最も大きな影響をもたらすのは、遺伝資源と技術を広く共有することです」とキリアン博士は言います。

新しい技術によって、作物の研究者は野生近縁種から有益な形質を正確に特定し、コムギに導入することができるようになり、これまでリスクが高く時間のかかるプロセスと考えられてきたものが、気候変動に強い作物を作るための的を絞った効率的な戦略となります。「人工知能と組み合わせることで、作物育種のシミュレーションを超高速化し、気候変動への耐性を高めるためのまったく新しい解決策を見出すことができるのです」とレイノルズ博士は言います。

この研究は、野生近縁種が生存しているあらゆる作物にも適用され、世界の食料安全保障を強化し、作付体系をより環境的に持続可能なものにすることを約束するものです。より弾力的で効率的なコムギ品種を開発することは、農業の環境フットプリントを削減しながら、世界人口を養うことにつながるのです。

 

(参考文献)

Wheat genetic resources have avoided disease pandemics, improved food security, and reduced environmental footprints: A review of historical impacts and future opportunities. King J, Dreisigacker S, Reynolds M et al. Global Change Biology (2024).  https://doi.org/10.1111/gcb.17440
New wheat breeding paradigms for a warming climate. Xiong, W., Reynolds,

M.P., Montes, C. et al. Nature Climate Change (2024).  https://doi.org/10.1038/s41558-024-02069-0
 

(文責:生物資源・利用領域 吉橋忠、岸井正浩、G.V.スバラオ)

 

 

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