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983. 土地利用の転換で起こり得る意図しない結果 : 草地から耕作地へ

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983. 土地利用の転換で起こり得る意図しない結果 : 草地から耕作地へ


地球温暖化が進む中、人間の栄養・食料安全保障と生物多様性・環境保護を両方保ちながら持続的に実施される農業生産の在り方が模索されています。動物性食品の生産は一般的に環境負荷が大きいと指摘される中、いざ草地から耕地への切り替えは本当に気候緩和につながるだろうかという疑問が生まれます。というのも環境保護と食料安全保障は場所と規模、時間軸を含むあらゆるファクターとつながっており、普遍的な解決策を見いだすことは困難だからです。

今日は、農地利用に関する一般的な考え方と、土地利用の転換によって起こり得る予期せぬ課題、その対処法についてとりまとめた研究論文を紹介します。執筆者らは、イギリスの土地利用体系を例に、草地から耕作地への転換について説明しています。

 


1.    土地形成の歴史的背景

国連環境経済勘定セントラルフレームワーク(UN System of Environmental-Economic Accounting Central Framework)が設定する土地被覆分類によると、陸地の約1,810~3,010万km2、およそ12.2 ~ 20.2%が草地として定義されています。理論的には植生が草本植物と木本植物のどちらによって支配されるかに応じて土地区分が決まり、一次(気候起源)草地と二次(人為起源)草地にさらに分けることができます。しかし今では歴史的起源よりも人為的制御による影響が大きくなっています。多くの農業用地では、最初は耕作を試みられますが、水はけのよい土地は引き続き耕作地となり、水はけがわるく耕作に適さないと判断された場合は放牧地に転換されてきました。2021年時点において、イギリスの農業用地は、耕作地(49%)と草地(51%)に区分されています。


2.    土地利用の変化で起こり得る意図しない結果


・食料供給に対する影響
草地から耕作地への転換は一般的に支持されることが多いです。肯定的意見の重たる理由として、環境保護の側面、つまり温室効果ガスの排出削減が挙げられます。一方で食料安全保障の側面で見た場合、食料供給の変化が引き起こす課題も忘れてはいけません。転換後その土地が作物栽培に適するか、何を栽培するか、その栽培作物の品質、用途、市場における需要、さらには栄養価値も含め、計画しなければなりません。実際の作物収量は、地域固有の土壌条件、とりわけ水はけの条件に依存し、実際に水はけ条件が既存の土地利用の決定要因となっています。したがって、現在、低品質穀物の主要市場となっている家畜頭数が減らされることにより、低品質穀物の需要・価格が下がり、人が消費する食物単位で測ったカーボンフットプリント削減が実現するという仮説が常に成り立つわけではなさそうです。

・土壌の肥沃度と炭素蓄積に対する影響
草地から耕作地への転換が土壌有機炭素 (SOC) の喪失につながることは広く報告されています。定期的な土壌かく乱や鎮圧により微生物が物理的に土壌構造から引き離されることで無機化が進み、有機物がシステムに投入される機会の減少もあいまって、土地転換後20年間でSOCは36%まで減少するとされています。こうした長期の研究に対し、最近の研究は、より短期的なスパンでの土壌肥沃度に着目し、耕作地に一部草地を残すことや牛の排せつ物を活用した堆肥を定期的に投入することで、SOC が増加することを示唆しています。ただし土壌構造の変化に加え、作物栽培のもとでは一般に窒素肥料を大量に投入することから、土壌微生物の機能とその多様性に大きな影響を及ぼすことに違いありません。

・窒素利用効率(NUE)に対する影響
家畜の影響を除外した計算では、草地生産システム(grass production system)の窒素利用効率 (NUE) は50-80%と、食用作物生産システム(human-edible arable production)と同等、あるいはしばし高めのNUE効率を示します。しかし家畜を含めるとNUEは10-40%まで落ち込むとされています。畜産業で発生する排泄物の管理不足と環境への流出しやすさがNUE効率低下の原因として指摘されています。畜産より作物栽培の方が高いNUEを示すことは明確ですが、生産物のタンパク質含量など栄養価値の比較は怠ってはなりません。家畜排泄物の管理改善など畜産業そのものの在り方を見直すことも考えられます。

・環境及び生態系に対する影響
カーボンフットプリントの大きい牛肉と乳製品の生産ですが、耕作地への転換により、牛の消化過程で発生するメタンガスも排泄物で発生する亜酸化窒素も減少することが予測されます。一方、耕作地での農業機械使用により土壌構造が不安定となり、土壌有機物が無機化し、二酸化炭素と亜酸化窒素の両方がさらに放出される可能性もあります。環境及び生態系に対する影響、生産品目の変化によるサプライチェーンの影響も引き起こすことになります。土地利用における生態系の循環は植物・動物・微生物群の間に時間差で変化し、定量化が困難ですが、戦略的に組み合わせれば、食料生産と生態系サービスの双方を提供する草地・耕作地・自然生息地の3 区画の土地利用モデル(a novel form of the three-compartment land-sparing model)を実現できる可能性があります 。

 


以上の議論を踏まえ、草地から耕作地への転換は、物理的、生化学的、生態学的、社会経済的な一連の複雑な変化をもたらす可能性があります。栄養に富む食料供給を保障しながら、生物・環境保護に貢献する最適な土地利用を模索するには、ときに思いがけない変化がおこりうることを意識し、先入観抜きで取り組む必要があります。

 

(参考文献)
Blackwell, M.S.A., Takahashi, T., Cardenas, L.M. et al. Potential unintended consequences of agricultural land use change driven by dietary transitions. npj Sustain. Agric. 2, 1 (2024). https://doi.org/10.1038/s44264-023-00008-8
https://www.nature.com/articles/s44264-023-00008-8


(文責:情報プログラム トモルソロンゴ、飯山みゆき)
 

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