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888. 熱帯雨林の樹木は雑種化することで新しい能力を身につける

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888. 熱帯雨林の樹木は雑種化することで新しい能力を身につける

 

東南アジアの熱帯雨林は種の多様性がとても高く、世界で最も多様な動植物が生息する地域の一つです。林冠と呼ばれる熱帯雨林の一番高い部分は、樹高40mを超えるフタバガキ科の樹木が大部分を占めています。フタバガキ科樹木は林業にも大切で、日本に合板として大量に輸出されています。東南アジアには約500種ものフタバガキ科の樹木があり、同じ森の中に近縁種がたくさん生育しています。近縁種が同じ森の中で生育するためには、お互いの種類が交配しない仕組みが必要です。熱帯雨林では、近縁種同士でも微妙に開花の時期や生育場所(斜面や尾根など)が異なっているため、交配が起こらず雑種がほとんどできないことが分かっていました。

しかし、人間活動により森林が小さく分断化され親木の数が減少したことや、気候変動が進み開花時期や生育環境が少しずつ変化してきたことで、この交配を防ぐ仕組みが脆弱になっていると危惧されています。実際、シンガポールの長期間分断化された森林では、親木の数が100本以下に減少した2種類のフタバガキ科樹木の実に20%以上の個体が雑種と確認され、雑種の開花や結実も起こっています。こうした雑種化が続けば純粋な種の存続ができなくなり、種の絶滅につながる危険があります。一方、雑種化は悪いことばかりではなく、最近の研究では、種の進化や生存にとって雑種が思わぬ役割を果たす可能性も示されています。例えば、温帯のカシノキの仲間は、様々な近縁種間で雑種化を介して生理的な機能を持つ遺伝子がやり取りされています。しかし、熱帯雨林の樹木ではこのような雑種の働きについてはほとんど分かっていませんでした。

将来の東南アジアの熱帯雨林は、気候変動により干ばつが増加すると予想されています。そのため、今後は乾燥に対する耐性能力が樹木の生存にとって重要になります。では雑種化によって乾燥耐性はどのように変化するのでしょうか?私たちはこの疑問に答えるために、熱帯雨林の乾燥した尾根に分布するセラヤサラノキと、湿った谷筋を好むテンバガサラノキとその雑種に注目しました。さらに、この雑種が両親種と再び交配(戻し交配)をしてできた雑種を加えた5つのタイプの苗について、乾燥耐性や光合成機能を調べました。その結果、分布地と対応するようにセラヤサラノキは乾燥耐性が高く、テンバガサラノキは乾燥に弱いものの光合成能力が高い特徴がありました。一方、戻し交配を含む雑種はテンバガサラノキに比べ乾燥に対する耐性が向上し、光合成能力はセラヤサラノキより高くなっていました。このことから、雑種を介して戻し交配が進むことで、例えばセラヤサラノキの乾燥耐性に関する遺伝子がテンバガサラノキに受け継がれている可能性が高いことが分かりました。雑種は一見すると純粋な種の保全にとっては好ましくないことのように捉えられがちですが、見方を変えると樹木は多様に進化した近縁種から生き残りに有利になる遺伝子を受け取り、したたかに生き抜いているとも言えそうです。さらに、雑種は乾燥耐性の高い林業品種を育種し、気候変動に強い人工林を作ることに役立つかもしれません。

 


(参考文献)Tanaka Kenzo et al. (2023) Drought tolerance in dipterocarp species improved through interspecific hybridization in a tropical rainforest. Forest Ecology and Management. https://doi.org/10.1016/j.foreco.2023.121388


(アイキャッチ写真解説)
セラヤサラノキとテンバガサラノキとその雑種の花と葉。セラヤサラノキの花弁は開いていますが、テンバガサラノキの花弁は閉じて細くねじれています。雑種の花は開いていますが花弁はねじれており両親種の形がミックスされているのが分かります。

 

11月17日(金)に予定されているJIRCAS国際シンポジウム2023は、アジアにおける熱帯林の強靭性と持続的な産業の課題についてとりあげます。こちらも是非参加をご検討ください。

JIRCAS国際シンポジウム2023
強靭な熱帯林と持続的な産業の共存を実現するイノベーションに向けて

特設ページ:https://www.jircas.go.jp/ja/symposium/2023/e20231117_jircas

主催:国際農林水産業研究センター

開催日:2023年11月17日(金) 13:30~17:30
場所:ハイブリッド(国連大学ウ・タント国際会議場およびオンライン) (150-0001 東京都渋谷区神宮前5-53-70 国際連合大学UNU3階)

受付期間:2023年9月29日(金) 09:00 - 2023年11月16日(木) 17:00申込受付
登録ページ:https://www.jircas.go.jp/ja/symposium/2023/e20231117_jircas/entry
参加費:無料

 

(文責:林業領域 田中憲蔵) 


 

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