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108. 世界野菜センター: マダガスカルの伝統野菜に勢いをつける
世界野菜センター(World Vegetable Center;World Veg) のRitha Luoga と Sognigbe N’Danikouは、World Veg のホームページに「マダガスカルにおける伝統野菜の利用」についての記事を公表しました。著書らは、マダガスカルにおける野菜遺伝資源の保全、食料と栄養の安全保障、農家の収入向上における伝統野菜の重要性について、報告しました。以下、その概要を記します。
希少植物種が非常に豊富であるマダガスカルは、世界で最も貴重な生物多様性の宝庫のひとつです。島内には10,000種以上の植物種が生息しており、そのうちのいくつかはマダガスカルの固有種であり、アフリカ独特の野菜種を含み伝統的な食用植物として利用されています。しかしながら、マダガスカルは生物多様性の「ホットスポット」でもあり、これは、非常に多くの固有種が特定の生息地に集中して生育していることで、生物の多様性が急速に失われている場所を示します。島は原植生の70%以上を失っており、残っている植物の多様性を保護する必要性が高まっています。
マダガスカルで一般的に「Bredes」として知られている伝統野菜1は食料と栄養の安全を保障し、農家に収入を提供し、貧困の緩和のための貴重な機会を提供します。これらの植物種の可能性を認識して、ダーウィンイニシアティブ(Darwin Initiative)2は、2018年にWorld Vegが率いるスコーピング研究(Scoping study)3をサポートし、マダガスカルの農家が用いる伝統野菜の多様性を理解し、保護状況を評価し、収入増加と消費増加の機会創出を調査・分析しました。英国政府の助成金制度であるDarwin Initiativeは、1992年以来、世界規模の地域ベースのプロジェクトを通じて生物多様性と自然環境を保護することを目指してきました。調査結果は、マダガスカルの農民が伝統野菜の多様性を維持している一方で、実際の生産と消費は低いことを示しました。土地利用の変化と作物種の変更 (収量性に優れた特定の品種・種への変更) の圧力下では、地方または国による伝統野菜の根絶を生じやすくさせ、伝統野菜の存在を脅かしています。種子増殖・提供システムへの適切な投資と、栄養、収入、気候変動への適応のための伝統野菜の様々な利点は、伝統野菜のような特別な種の利用促進とより良い遺伝資源の保護につながるでしょう。Scoping studyにより伝統野菜の収集と生産地の候補を特定しました。Darwin Initiativeは、2019年5月に、マダガスカルの2つの野菜栽培地域であるItasyとAntsirabeにおいて、食糧と栄養の安全保障を強化することにより、農業における生物多様性の利益を保障するための3年のプロジェクトを開始しました。本プロジェクトは、WorldVeg、マダガスカル国立農村開発応用研究センター (FOFIFA), アンタナナリボ大学, 民間種子会社であるSEMANAが参画しています。プロジェクトの初年度には、マダガスカルにおいて、25人の普及員(68%が女性)がトレーニングを受け、200人以上の女性農家に種子節約の方法、一般参加型の地元品種と市販品種の評価(図1)、伝統野菜の栽培法、またその栽培準備の方法をトレーニングしました。WorldVegが開発したアマランサス(Amaranth;図2)、 アフリカンエッグプラント(African eggplant;図3)、 アフリカンナイトシェード(African nightshade;図4)、エチオピアンマスタード(Ethiopian mustard)等、12の改良品種を含む250個の種子キット(キットあたり40 g)がマダガスカルに送られ、一般参加型の農場での評価、種子増殖のため、女性農家を中心に配布されました。FOFIFA によりAntsirabeで栽培試験が行われ、現地の栽培条件下でこれらの野菜系統を特徴付けし、農学的・形態学的特性を評価しました。2020年の初めに400人の農民(200人の受益者と200人の非受益者)を対象に行った世帯調査では、伝統野菜種の現状と世帯利用に関するデータを収集し、ItasyとAntsirabeでこれらの種の生産と利用に関する課題を特定しました。その結果、伝統野菜の消費が低いことが明らかとなりました。伝統野菜は市場での売買ではなく、主に家庭での消費に使用されていることが明らかとなり、多くの農家は、伝統野菜の栄養価についての認識に欠けていました。このプロジェクトの目的は、普及員を通じて、伝統野菜を農家の収入向上のために生産すること、家庭やコミュニティにおける食料安全保障を改善すること、さらに、彼らの食事の栄養価を高めることについて、マダガスカルの農民に自覚を促すことです。一方で、本プロジェクトは、農業生物多様性の保護と利用を促進する方法として、地域の学校のガーデンプログラム(garden program)を促進することを目指しています。学校の畑で栽培されている作物、伝統野菜の価値と栽培に関する知識、これらの野菜を栽培して学校の食事に取り入れようとする学校の考え方について、教師、生徒とグループディスカッションを行いました。 2021年までに、伝統野菜の栽培を奨励し、栄養失調への改善における伝統野菜の重要性を教師と生徒に考えてもらうために、8回のグループディスカッションが開催予定です。生物多様性の保全には、伝統野菜を含む野菜遺伝資源の保護も含まれます。本プロジェクトは、マダガスカル政府から遺伝資源を収集する許可を取得しています。訓練を受けた200人の女性農家は、家庭での消費と商品化のために、すでに12種類の野菜を栽培して評価しています(図5)。これらの進歩的な女性農家のうち10人は、商業的な種子生産と種子ビジネスの企業に向けてトレーニングを受けています。
Darwin Initiativeは、マダガスカルの遺伝資源の保全と発展を通じてアフリカの伝統野菜の生産と商品化を促進することを目指しています。本プロジェクトにより、15,000人のマダガスカルの人々が野菜にアクセスしやすくなり、気候に強い農業システムと野菜の多様性保護を促進します。このプロジェクトは、マダガスカルのSDGs1(貧困をなくそう)、SDGs2(飢餓をゼロに)、SDGs13(気候変動に具体的な対策を)の達成に貢献しています。
1伝統野菜とは、「孤児作物」(orphan crop) の一つです。孤児作物とは、ある地域(特に、アジア、アフリカ等の開発途上地域)において食料と栄養供給において重要な作物ですが、研究、近代的な育種、生産技術の改善等の対象にされてこなかった作物を指します。他にも低利用作物 (underutilized crops)、失われた作物 (lost crops)、無視作物 (neglected crops)など様々な呼び方があります。孤児作物には穀物(ヒエ、アワ、キヌア、シコクビエ等)、豆類(ササゲ、バンバラマメ等)、野菜 (アマランサス、オクラ、バオバブ等)、根および塊茎作物(キャッサバ、ヤムイモ等)が含まれます。
2ダーウィンイニシアティブ (Darwin Initiative) は、生物多様性条約(CBD)に基づく目標を達成するために、生物多様性は豊富だが資金が乏しい国を支援することを目的とした英国政府の資金プログラムです。
3 スコーピングとは「範囲の絞込み」の意味。スコーピング研究(Scoping study)とは、 現状を分析し、検討範囲を絞り込んでいくことの意味。本研究では、現状 (マダガスカルの農家が用いる伝統野菜の多様性を検証、遺伝資源の保護状況を評価) を分析し、検討範囲 (収入と消費増加の機会創出) を絞り込みました。
参考文献
World Vegetable Canter. Building momentum for traditional African vegetables in Madagascar https://avrdc.org/building-momentum-for-traditional-african-vegetables-…
Tadele, Z. Orphan crops: their importance and the urgency of improvement. Planta 250, 677–694 (2019). https://doi.org/10.1007/s00425-019-03210-6
写真については、World Vegetable Centerの広報より掲載許可をいただいている。
(文責:生物資源・利用領域 星川 健)