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70. Nature Food論説: 持続的食料生産のための農業研究開発(R&D)における官民の役割

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2020年6月、Nature Food誌は、持続的食料生産のための農業研究開発(R&D) における官民の役割分担についての論説 (Public-private roles beyond crop yields)を発表しました。

近年の公的部門における育種プログラムへの資金難は、2050年までに約100億人の人口を養うための農業生産性改善を目指す官民セクターによる協調を脅かしています。

過去60年間、収量の向上は、世界穀物生産増強を促してきました。近年、農業生産を維持する上で、土地不足・気候変動・土壌肥沃度の喪失・穀物収量向上トレンドの平坦化・作物の栄養の質の劣化、といった複雑な課題が次第に顕在化しています。作物研究への資金難は、技術進歩とイノベーションに妥協を強いることになります。

従来、技術イノベーションは世界的な作物収量向上の上で重要な役割を果たしてきました。1950~1960年代の緑の革命は高収量穀物品種・灌漑設備・化学肥料や農薬・新たな栽培法などの開発を促しました。マーカー利用選抜や遺伝子工学など農業バイオテクノロジーは、作物・家畜の選抜と育種を加速し、作物管理の向上に貢献してきました。現在は農業にとって新時代の到達と言え、人工知能や機械学習、精密農業を可能にするツールによって、グローバル・フードシステムを人類と地球に資するよう転換する潜在性を秘めています。

他方、1991年~2000年に西ヨーロッパの高収量国で冬小麦収量は頭打ちとなるなど、世界的に作物収量の伸びが停滞する中、グローバル・フードシステム転換は資金調達の問題を避けては通れません。さらなる収量向上達成には、遺伝資源のポテンシャル理解の向上、土壌条件の改善、バイオテクノロジー絡みの規制緩和、栽培システムの持続性向上を含む、圃場現場ごとの多数多様な要因のファインチューニングが要請されます。農業コミュニティをとりまく状況やニーズの多様性を鑑みれば、今後、官民セクター双方からのスキル・知識・資源を結集する必要があります。この点からみると、近年の動向は公的部門のキャパシティの弱体化の元凶となっています。

公的部門における食料・農業R&Dへの資金は多くの国で減少傾向を経験しています。アメリカでは、2003年から2013年の間、公的農業R&Dは60憶ドルから45億ドルに減少しました。結果として、多くの公的機関における研究プログラムが影響を受けています。例えば、過去20年間、国・連邦による資金支援の打ち切りにより、作物育種プログラムは縮小され、多くの作物が研究の対象から外れました。最近の調査によると、過去5年、アメリカの公的機関において、フルタイム相当の育種プログラムリーダーは推定で21%、技術支援スタッフは18%削減されました。同様の傾向は民間部門では顕著ではありません。

農業R&Dへの民間支出は1990年~2014年の間、51憶ドルから156憶ドルへと増加傾向にあります。アメリカでは、民間部門の資金は、インフレ調整済の実質値で2008年から2013年に60%以上増加、とりわけ種子企業が急激に投資を拡大させました。2010年までに農業インプットへの民間R&Dは公共R&Dを超えており、今や農業生産性向上技術の開発において、民間部門は重要な役割を担っています。

これら資金パターンは、持続的作物生産における複雑な課題への対応に影響を与えます。大学や公共機関は、伝統的に時間はかかっても主要な農業イノベーションに繋がりうる基礎研究に注力してきました。これに対し、民間部門はマーケット・利益重視というビジネス視点から応用作物技術を重視する傾向がありました。公共部門が行う応用研究は、十分なサービスを享受できないコミュニティに寄り添い、高い社会的リターンがありながらも利益率が低い長期プログラムに偏る傾向があります。加えて、公的機関が実施してきた教育やトレーニング機会が減らされると、高度人材不足に陥りかねず、公共部門における投資削減は農業システムの持続性に影響を与えかねません。

公共部門における応用作物研究プログラムの強靭性構築のための役割・責任・方策・資金を見極める上で、政府・学術調査機関・民間企業は協力する必要があります。その上で、フードシステムについて長期的・社会的な視点から取り組まなければなりません。

 

参考文献

Editorial. Public–private roles beyond crop yields. Nat Food 1, 311 (2020). https://doi.org/10.1038/s43016-020-0109-7

(文責:研究戦略室 飯山みゆき)

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