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45. 新型コロナウイルス・パンデミック ― COVID-19の漁業・養殖業への影響

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国連食糧農業機関(FAO) は、Q&Aの形で新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の水産業への影響の可能性を論じています。以下、そのうち幾つかの見解について、移動規制・流通停滞と労働環境の2つの視点に整理して紹介します。

●移動規制・流通停滞の水産業への影響

COVID-19感染の蔓延とともに世界市場が冷え込み、国際貿易に大きく依存している水産業は早い段階から大きな影響を受けています。水産物のサプライチェーンは、ホテル・レストランや学校給食・社員食堂の閉鎖による消費者需要の減退により、危機に直面しています。また、水産物の流通・消費に係る業種では多くの女性が雇用機会を得ており、女性の社会進出の観点からもCOVID-19の影響は少なくありません。

ロックダウンによる人の移動規制や、これに伴う物資移送の停滞は、水産物取引を困難にしています。特にサーモン養殖業では、空輸経費の増大と航空便の欠航の影響を大きく被りました。マグロ漁業では、操業オブザーバーや操業船の乗組員などの帰国や交替が出来なくなりました。また、養殖業全般で、種苗・餌や養殖に関連したその他の物資(養殖用ワクチン等)が不足してきています。さらに、養殖業では生け簀内に出荷できない魚が大量に残り、これらの餌代が嵩むとともに死亡率増加のリスクが増大しています。漁獲漁業では、需要と価格の低迷により操業回数が減り、これに伴って水揚げ量が減少しています。漁獲圧の低下により短期的には天然の水産資源に良い影響を及ぼすかもしれません。しかしながら、それ以前に財政的に立ち行かなくなったり、インセンティブの観点から水産業に見切りをつけたりする業者が出てくるかもしれません。

水産物や水産加工品は、世界中で最も盛んに国際商取引をされている食品であり、約38%が輸出入されています。同時に、水産物に依存する多くのコミュニティや、低収入国、あるいは島嶼国などの開発途上国において、漁業や養殖業は重要な家計収入の元となっています。COVID-19の蔓延を抑えるための様々な対策は、食品産業や観光業の停滞、輸送業の縮小、越境手続きの遅滞等を招き、その結果、国内外のサプライチェーンに混乱を引き起こしました。消費される水産物の45%に相当する活魚・鮮魚・冷蔵魚等は非常に傷みやすいものであり、このことがロジスティックスを更に困難なものとしています。水産物が適切な時期にコールドチェーンを経て水産加工場に届けられなければ、多くのフードロスを招くことになります。また、水産加工場では、衛生管理のための保護器材や衣類の不足で苦しんでいます。

●水産に関わる労働環境への影響

COVID-19は水生生物には感染しませんので、水産生物を経由して人間に感染することはありません。また、食品の包装を経由して感染した事例も知られていません。しかしながら、ガーナの水産工場では従業員1人が感染源となり、他の従業員533人がCOVID-19に集団感染する事案があったと発表されています。従って、食品加工・流通・消費の過程において、適切な労働衛生環境を維持・改善することは引き続き重要です。

漁船に長期に渡って乗船して共同生活を営む漁業者は、狭い船室内で「三密」を避けることが困難です。「三密」を避けるため、もしくは船員の確保が困難になった等の理由で乗船者を減らすと、今度は長時間労働等を強いることになり、疲労やストレスなど、労働環境や安全対策を悪化させることになります。また、もし乗船中にCOVID-19感染が疑われる症状が発覚しても、上陸して医師に掛かることすら困難な状況になることは、クルーズ船の事例などでご承知の通りです。

多くの発展途上国では、COVID-19パンデミックは水産業に関わる女性労働者や季節労働者、移民など、最も弱いグループへ先例のない経済的・社会的および健康面での危機をもたらしました。これらの人々は、正式に労働者として登録されていない場合も多く、社会的な援助へのアクセスを持たないため、貧困や飢えなどによるパンデミックの2次被害が大きくなる懸念があります。

●今後の展望

ある地域では、食品流通が停滞した結果、小売販売が増加したと報告されています。貯蔵に適した水産物の缶詰や保存製品は、パンデミックの初期に買い占めされたところもありましたが、国内では保存の効くレトルト食品や練り製品の需要が伸びているとの報道もあります。このような製品では生産能力を超える需要も一部で発生しており、売れ筋商品に生産を絞り込んで安定供給に取り組むなど、生産者の努力が続けられています。一方で、既存の鮮魚販売に置き換わる直販システムの構築など、流通の面でも新たな試みが起こっています。漁業者側では、使用する漁具や漁獲対象種を変えるなどの工夫により、国内市場にターゲットを絞るなどの対応をしている者もいます。これらの柔軟な対応が、パンデミック渦中及び終息後の水産業関係者のコミュニティ維持に重要と考えられます。

パンデミックがいつまで続くか、水産業にどれほど深刻な影響を残すかついて現時点では不確実ですが、長期にわたる市場停滞は水産セクターに大きな変化を引き起こしそうです。広範囲にわたるCOVID-19封じ込め戦略は、水産物輸出入国の外貨減少や食糧安全保障を脅かしています。しかし、サプライチェーンをオープンなものとしておくことは、世界の食物危機を避けるための基本なのです。

 

参考文献

FAO. Q&A: COVID-19 pandemic - impact on fisheries and aquaculture http://www.fao.org/2019-ncov/q-and-a/impact-on-fisheries-and-aquacultur…

日本経済新聞「ガーナの水産工場「1人から533人感染」 大統領発表」2020/5/12 https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58970540S0A510C2000000/

日本食糧新聞「新型コロナ:水産練り製品、市場活況続く 「良質タンパク」が追い風」2020/5/1 https://news.nissyoku.co.jp/news/honmiya20200423010044133

 

(文責:水産領域 阿部寧)

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