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29. 米国科学アカデミー紀要(PNAS)論文: 人類の気候的ニッチの未来

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2020年5月4日、米国科学アカデミー紀要(PNAS)で公表された論文「人類の気候的ニッチの未来」は、人口増と温暖化進行のシナリオによっては、今後50年間に、10~30億人の人々が、過去6000年の間人類が繁栄してきた気候条件の外に押し出されると予測しました。気候変動緩和対策あるいは人口移動がなければ、人類のかなりの多くの割合の人々が今日よりもずっと熱い気温条件にさらされることになります。

全ての種は環境的なニッチ(an environmental niche適所・生態的地位)を有し、技術的発展にもかかわらず、人類も例外ではありません。人類学者や生態学者を含む国際チームは、加速しつつある気候危機を前に、人類の発展に必要な気候条件についての理解を深める必要があるとし、近年入手可能となった人口動態・土地利用・気候情報を詳しく解析(mine)することで、過去数1000年間に人類の生活を支えてきた気候条件と、これら条件が将来どのように変化していくのか分析を試みました。

分析によると、過去何千年の間、人類の多くは平均年間気温摂氏の最頻値が11~15℃前後(第二の最頻値としてモンスーン地域に相当する20~25℃)の、むしろ狭い気候条件に相当する地域で暮らしてきました。気温とは対照的に、極端な乾燥地を除き、幅広い降雨量条件が(人々の暮らしに)利用されてきました。土壌の肥沃度は人類の分布を大きく規定する要因ではなく、同様に潜在的な生産性も異なる分布パターンをとり、人間の居住に適してこなかった熱帯雨林にピークを持ちます。現在の作物・家畜生産体系はこの(平均年間気温11~15℃)気温ニッチを支える条件に制約され、農業・非農業経済活動も同様の最適条件に適合してきました。

しかし今後50年間、気候変動シナリオ( a business-as-usual climate change scenario)の下、これまでの6000年間にくらべ、この気温ニッチが大きくシフトすることが予測されています。300年前の産業化前に比べ、2070年までに気温が7.5℃までも上昇することが想定され、その原因として地表は海洋よりも温まりやすいこと、また人口増が相対的に暑い地域で予測されていることで増長されること、が考えられています。イメージするとすれば、現在年間平均気温が13℃前後の地域が、現在でいえば北アフリカ・中国南部の一部・中東地域に相当する 年間平均気温20℃に達するということです。同じ期間に、既に暑い地域は世界の人口集中の中心地となります。数十年間で、人類の居住に適したニッチが未だかつてない規模で高緯度にシフトするのに対し、人口増が低緯度地域で起こることで、適切な人口分布と気候のミスマッチが増幅されます。

気温変化に直面しても、適応策による対応が適切に行われば、気候変化に応じてすぐに人口移動が生じる訳ではありません。しかし、人口移動が生じない場合、世界人口の3分の1に相当する35億人が、年間平均気温29度以上の状況に置かれることが予想されます。年間平均気温が29度以上というのは、現在は地球上の陸地の0.8%相当にすぎず、アフリカのサハラ地域に集中していますが、2070年には世界陸上の19%に及ぶことが予測されています。最も影響を被るとされる地域は世界最貧地域でもあり、気候変動への適応力は弱く、気候変動緩和策と同時に人間開発の向上が最優先とされるべきです。

 

参考文献

Xu C. et al. Future of the human climate niche. PNAS first published May 4, 2020 https://doi.org/10.1073/pnas.1910114117

(文責:研究戦略室 飯山みゆき)

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