国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター | JIRCAS

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3. 世界の食料・栄養安全保障に関する農業研究の視点の変化

2020-03-12

食料・栄養問題は最優先で取り組むべき地球規模課題の1つです。持続可能な開発目標(SDGs)では、飢餓の撲滅、食料安全保障・栄養改善の実現が目標に掲げられています。2016年から2025年は国連栄養常任委員会の定める「栄養のための行動の10年」にあたり、とりわけ国際的な注目が高まっている時期でもあります。日本でも、2016年には官民連携の「栄養改善事業推進プラットフォーム(NJPPP)」やJICA主導の「食と栄養のアフリカ・イニシアチブ(IFNA)」が発足し、2019年のTICAD7ではIFNA横浜宣言が採択され、2020年12月には東京オリンピック・パラリンピックに合わせて栄養改善に向けた国際的取り組みを喚起するための「東京栄養サミット2020 (Tokyo Nutrition for Growth Summit 2020)」の開催も予定され、準備が進められています。

世界の飢餓人口は約8億2千万人で、この数年増加傾向にあります(FAO 2019)。ビタミン・ミネラルの微量栄養素不足(「隠れた飢餓」)も蔓延しており、過栄養による過体重や肥満なども含めると、現在栄養不良を抱えない国は1つもない(Development Initiatives 2018)と言われています。さらには複数の課題を同時に抱えている(二重負荷、三重負荷)ことも多く、人々の空腹を満たし健康に過ごすために必要な栄養素をバランスよく摂取できるようにする努力がすべての国や地域で求められているのです。

栄養問題はマルチセクトラルで、保健や教育やジェンダーなど多くの分野が関わっていますが、やはり栄養を供給するための食料を生み出すことができるという点で農業は必要不可欠なセクターです。農業研究ではより多くの食料を生み出すことを目的としてきた面もありますが、今では少し様相が変わり、いかに地球に負担をかけずに健康的な食料を安定的に供給できるシステムを構築できるかがポイントになってきています。

持続可能性の議論で用いられる「地球の限界(Planetary boundaries)」(Rockström et al. 2009)の概念で示されたように、農林水産業も含む人間の活動によって地球は限界に近づいています。そのため、ドーナツ経済学(Raworth 2017)注1では限りなき成長よりも社会的に機能する最適域への収束を目指すべきとされました。EAT-Lancetの報告書(Willett et al. 2019)によれば、ヒトの健康と環境の持続可能性とのバランスを司るものが食料であり、2050年の100億人全員が健康的な食事をとり、かつ持続可能なフードシステムを確立するために、植物性食品の消費を増やし動物性食品の消費を減らす、健康的で持続可能な食料の生産を目指す、地球の半分を生態系保全のために残す、フードロスを削減する等の戦略が挙げられています。ただ、理想の食事では費用が高すぎて約16億人には手が届かない(Hirvonen et al. 2019)など、実現への道はまだ遠いようです。

国際農研では、マダガスカルやブルキナファソなどを事例として農家調査を行い、世帯で消費された食料から、農村部での食事パターンや栄養供給について実証分析を行っています。偏った食事により特定の栄養素供給量が不足していること(白鳥ら 2018; Shiratori and Nishide 2018)や、食の多様性や栄養素供給量に地域性や季節性がみられることなどが明らかになってきました。これからも栽培作物と食事との関係、消費者としての嗜好や行動にも注目しつつ、より実効性のある農業・栄養介入の方法を探っていきます。そしてその分析結果を、農林水産業研究の戦略的方向性に活かし、世界の食料・栄養安全保障に貢献することを目指しています。

 

注1:  「ドーナツ経済学」では、ドーナツ型の図を用いる。ドーナツの内側は基本的なニーズが満たされず、外側は環境破壊の境界を超えることを示し、ドーナツの可食部によって人間の繁栄が可能な範囲を示唆する。

 

参考文献

FAO (2019) 2019 The State of Food Security and Nutrition in the World. http://www.fao.org/3/ca5162en/ca5162en.pdf

Development Initiatives (2018) 2018 Global Nutrition Report.
https://globalnutritionreport.org/reports/global-nutrition-report-2018/

Rockström, J. et al. (2009) "A safe operating space for humanity." Nature, 461.7263 (2009): 472-475.
https://www.nature.com/articles/461472a

Willett, W. et al.(2019) “Food in the Anthropocene: the EAT–Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems”, The Lancet, Volume 393, Issue 10170, 447 - 492  https://www.thelancet.com/journals/lancet/article/PIIS0140-6736(18)31788-4/fulltext

Raworth K. (2017) Doughnut economics: seven ways to think like a 21st century economist. London: Penguin Random House.

Hirvonen, K., Bai, Y., Headey, D., Masters, W. A. (2019) “Articles Affordability of the EAT – Lancet reference diet : a global analysis.” The Lancet Global Health, (19), 1–8.
https://doi.org/10.1016/S2214-109X(19)30447-4

白鳥佐紀子・西出朱美・土居邦弘(2018)”栄養バランスからみたマダガスカル国の農業農村開発戦略.” 水土の知, 86(10), 881-884.

S. Shiratori and A. Nishide (2018) “Micronutrient Supply based on the Food Balance Sheet and the Prevalence of Inadequate Intakes in Madagascar.” Proceedings of the Nutrition Society, 77(OCE3), E70, Sep 2018.
https://doi.org/10.1017/S0029665118000745

 

(文責:研究戦略室 白鳥佐紀子)