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1125. 新たな脅威に備える。 古くて新しいイネの病気「稲こうじ病」
1125. 新たな脅威に備える。 古くて新しいイネの病気「稲こうじ病」
稲(いな)こうじ病は、収穫期に穂に黄色〜暗緑色の病粒塊が形成される病気の一つである。1878年にインドにおいて初めて報告され、日本においても、Takahashi(1896)によって、カビの一種であるUstilaginoidea oryzaeによって引き起こされることが確認されている。日本においては、近年発病面積が増えており、2016年に国の指定有害植物に指定されている。
古くから知られている病気の一つであるにもかかわらず、世界的にもこれまで多くの関心が寄せられてこなかった。その理由として、他の病気に比べると発生が少なく、収量への影響が小さかったことが挙げられる。また、「豊作病」という間違った認識が農家の間で広がっており、病気として認識されてこなかったことも理由の一つとして挙げられる。
しかし現在では、世界の主要な稲作地域でも感染が確認されるようになり、熱帯アフリカ、アジア、オーストラリア、オセアニア、ヨーロッパ、アメリカ大陸の6大陸、59カ国で報告されている。その原因として、病気への感受性が高い多収品種やハイブリッド品種が栽培されていること、多くの収量を得るために過剰な窒素肥料が投入されていること、気象変化に伴い花芽分化期から黄熟期にかけて雨が多く、低温・高湿度で推移する日が多くなったことが挙げられる。
稲こうじ病の感染によって、最大70%近い収量の減少が報告されている。またこの病気に感染した玄米は着色し、病害片が混入した玄米は、規格外品として扱われ、出荷価格を大きく低下させる。さらに、この病気に由来するカビ毒は、動植物に対して有毒性を持つことが報告されている。以上のことから、安定的な生産性を確保し、品質の高い生産物を提供するため、この病気の発生を防除する必要がある。日本においては、農研機構を中心に防除に向けた総合的な対策が研究され、防除マニュアルが作成されている(芦澤 2018)。しかし、世界的には、これまでマイナー病気として取り扱われてきたため、この病気について十分な研究がなされてこなかった。
そのような状況の中、国際稲研究所(IRRI)の呼びかけによって稲こうじ病に関する初めての国際ワークショップが、2024年10月14〜17日に開催された。世界15ヵ国、35の研究機関、65名の研究者が集まり、稲こうじ病の国際共同研究コンソーシアムが設立され、国際的な共同研究によって、感染メカニズムの解明、抵抗性品種の開発、標準的な評価方法の確立、開発途上国に向けた能力教育支援を行うことが宣言された。また、このワークショップでは、世界の感染状況の報告や研究の取り組みをはじめ、人為的な接種試験のデモンストレーション、最新の感染メカニズムなどが報告されただけでなく、他の病気の感染メカニズムの紹介や進化ゲノム研究や病害発生予想モデルに関する研究なども紹介され、国際的にも多様な国が多様な視点で、この病気の防除に向けて熱い議論が展開された。
国際農研は、古くから国際稲研究所と共同研究を実施し、イネにおいて重要病害の一つであるいもち病に関する国際標準判別システムの開発に携わってきた。また、2006年からいもち病に関する国際共同研究ネットワークプロジェクトを主導し、国際標準判別システムの普及・教育や抵抗性品種の開発支援などを行ってきた。このような経験を踏まえ、国際共同研究では、病気のように国境のない連携と標準的なプロトコールを構築し、世界中で共通のツールとして用いることが重要であることを紹介した。
新たに設立された国際共同研究コンソーシアムでは、今後定期的な研究集会の開催や抵抗性遺伝子や評価方法の開発に関する情報発信をしていく予定である。古くて新しい病気「稲こうじ病」に関する研究はまだ始まったばかりである。日本においても多くの研究者がこのコンソーシアムに参加し、未来の脅威に備える研究に参画することを期待する。
(文責:熱帯島嶼研究拠点 齊藤大樹)