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1085.炭素の社会的費用における所得加重
1085.炭素の社会的費用における所得加重
炭素の社会的費用(Social Cost of Carbon Dioxide: SCC)は、追加的に二酸化炭素が排出されることで社会が追加的に受ける被害を指します。追加的な炭素排出を回避するために払うべき費用を意味し、SCCが高いほどそのコストを下回る対策を実施することが正当化されることから、SCCの水準は気候変動への対応を進めるための強力な指針となります。
SCCを決定する際によく知られている要素の1つは、人々が現在の経済的利益とコストに対して将来をどのように評価するかを反映する割引率の選択です。高い割引率は現代世代の利益を将来世代よりも優先し、被害額の現在価値であるSCCを低く見積もることで気候変動対策に消極的となる誘因となります。逆に割引率が低いほど将来の被害額の現在価値SCCを高めに見積もることで、より厳しい排出削減を正当化することになります。たとえば最近の研究は、2020年のSCC中央値を37.3ドルと推計していますが、割引率を2.5%とすると140.0ドル、5%とすると22.6ドルになります。
これに加え、SCCを決定するもう一つの要素として、「所得加重」(「分配」または「公平性」加重とも呼ばれる)があります。所得加重は、規制の分配公平性への影響を強調し、高所得者層と比較して低所得者層に影響を与える便益とコストに大きな重みを置く方法です。分配加重の動機は、高所得者にとってのドルは低所得者にとっての同じドルよりも価値が低いという考え方を反映しています。
Science誌に公表された論説は、米政府のSOCに関する所得加重の新ガイドラインが、米国の気候政策の便益費用分析に大きな影響を及ぼす可能性があると論じています。
2023 年 12 月、米国環境保護庁 (EPA) は、連邦規制の影響分析に使用する CO2 1 トンあたり 190 ドルという新しい SCC の見積もりを最終決定しました 。この増加は、以前の公式の米国SCCの3倍以上で、主に割引率が3%から2%に引き下げられたことによるものです。2023年11月、行政管理予算局(OMB)も、すべての連邦政府機関を対象とした新しい規制影響分析ガイドライン(通達A-4)で、同じ2%の割引率を採用しました。さらに新しいOMBガイドラインでは、所得加重の使用も認められており、提案された分布重み付けのアプローチは、SCCが約8倍に増加することを示しています。
SCCのこの大きな変化は、割引率の低下から生じる3倍以上の増加に加えて、気候変動の影響の大部分が米国の国境外で発生するという事実に起因しています。米国の一人当たり所得の中央値は、世界の所得分布の90パーセンタイルをほぼ上回っており、分布の重み付けをグローバルに適用すると、一般的な米国居住者に与えられた重み(両方が1つ)と比較して、(米国居住者の所得水準以下である)世界人口の90%以上に大きな重みを与えることを示唆しています。SCC水準が高くなることで、世界的なインパクトを持ちうるより厳しい排出削減対策が正当化されることを意味します。
論説は、SCCに関する議論では割引率の話題に集中しがちであると指摘しつつ、米国の気候政策の世界的なインパクトを鑑みて、今後、SCCの所得加重について、科学界と政策界での慎重かつ賢明な対話の必要性を訴えました。
(参考文献)
Brian C. Prest et al. ,Equity weighting increases the social cost of carbon.Science385,715-717(2024).DOI:10.1126/science.adn1488 https://www.science.org/doi/10.1126/science.adn1488
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)