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1001. 熱帯の森から来た香り

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1001. 熱帯の森から来た香り

 

植物の香りは私たちの身の回りで活躍しています。特に疲れた心と体を癒してくれるアロマテラピーに使われる香りには、熱帯の森の植物が原料のものも少なくありません。例えば、沈香(じんこう)、白壇(びゃくだん)、竜脳(りゅうのう)などは名前を知らなくても、香りを嗅いだことのない人はほとんどいないはずです。熱帯林は木材資源の供給源としても重要ですが、こうした非木材林産物も人々の暮らしを支え、持続可能な林業を行う上で収入面の助けになる存在です。ここでは熱帯の森から来た香りをいくつか紹介します。

まず、沈香はジンチョウゲ科の沈香木の仲間(Aquilaria属)の木部にごく稀に樹脂が沈着し、燃やすと独特の芳香を放つため、お香や線香、香水の原料になります。沈香木は東南アジアを中心におよそ20種が知られています。古くから珍重され、日本でも正倉院の宝物に「蘭奢待(らんじゃたい)」と呼ばれる全長156cmの巨大な沈香が収蔵されています。沈香のなかでも最高品質のものは伽羅(きゃら)と呼ばれ1g数万円以上で取引されることもあります。沈香を求め乱伐や保護地域からの盗伐も続き、資源量が極端に低下しています。そのため沈香木を植林し、木部に傷や菌などをつけて人工的に樹脂を沈着させ、沈香を生産する取り組みも行われていますが、品質は天然物より劣ります。

次に、白壇はサンダルウッドとも呼ばれ、インドやインドネシアなどに分布するビャクダン科の樹木です。20種余りが知られ、そのうちビャクダン(Santalum album)が最も重要です。材そのものが香りを放つため、仏具や扇子の骨などに加工され、抽出した精油もお香や線香、香水などに利用されます。同じ科のヤドリギもよく知られた半寄生植物ですが、ビャクダンも寄生根を出して他の植物の根に寄生し、成長します。日本には唯一、小笠原諸島にムニンビャクダンが自生していますが、材の芳香が弱く乱獲を逃れました。

最後に竜脳を紹介します。竜脳はリュウノウジュ(Dryobalanops aromatica)というマレーシアやインドネシアの熱帯雨林に生育するフタバガキ科の樹木から得られます。フタバガキ科の樹木は500種近くが知られ東南アジアの森林で優占しています。リュウノウジュは樹高が50m以上になる巨木で、葉や樹脂に澄んだ芳香があり、抽出された竜脳はボルネオールとも呼ばれ、香りや薬の原料、墨の香り付けに利用されてきました。現在は化学合成できるため天然物は減少し価格も低下していますが、かつては重要な貿易品でした。興味深いことに、江戸時代の町人の歯石に含まれるDNAを分析したところ、コメなどの食物以外に日本には生育していないフタバガキ科樹木のDNAが見つかりました。江戸時代の歯磨き粉には竜脳が香料として混ぜられていたことが文献に記されており、熱帯林の産物が江戸の庶民にも日常的に利用されていたことが科学的にも裏付けられました。

こうした香りの元となる樹木が生育する熱帯林ですが、過度な伐採やプランテーションへの転換などにより荒廃や減少が続いています。植林技術の開発や適正な伐採量の算出など森林資源を適切に維持管理し、持続可能な林業を行うことが求められています。

 

アイキャッチ写真
マラッカジンコウの果実(左)、ビャクダン(中上)とムニンビャクダン(中下)、リュウノウジュの巨木(右)
それぞれ沈香、白壇、竜脳が材や樹脂から採取され、熱帯の森の産物になっています。ムニンビャクダンはこの中で唯一国内に自然分布していますが、小笠原諸島にしか生育していません。*ムニンビャクダンは河合研究員が提供


(文責:林業領域 田中憲蔵)
 

 

*毎年4月18日の「発明の日」を含む月曜日から日曜日までの一週間は「科学技術週間」と呼ばれ、日本の科学技術の振興を図ることを目的として昭和35年2月に制定されました。この科学技術週間を利用して、全国各地の科学館、博物館、大学、試験研究所などによる様々な催しが行われます。

国際農研では、4月15日(月)から始まる科学技術週間の取り組みとして「国際農研ONLINE科学技術週間特設サイト」を開設し、研究者によるミニ講演を公開しています。河合清定研究員のミニ講演「木を知って森をつくる〜東南アジアでの挑戦」でも東南アジアの熱帯林について紹介しているので、ご興味のある方はぜひご覧ください。さらに、新たに収録したミニ講演動画2本も配信しています。

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この機会に、国際農研と国民のみなさまとの関係がさらに深まり、国際農研の発信する研究情報などが国民のために役立つこと、また、国際農林水産業研究を理解するきっかけの場となることを願っています。

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