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832. 鉄過剰ストレスにより発生するイネの葉の可視障害の軽減にマグネシウムの施肥が有効であることを発見

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832. 鉄過剰ストレスにより発生するイネの葉の可視障害の軽減にマグネシウムの施肥が有効であることを発見

 

鉄過剰障害は湛水条件で栽培されるイネに特有の生理障害であり、東南アジアやアフリカの幅広い地域で発生しています。鉄過剰ストレスは生育の遅延やブロンジングと呼ばれる葉の褐変症状などを引き起こすことにより、多くの地域でイネの収量を15%以上減少させることが報告されています。鉄過剰ストレスの問題は半世紀以上前から認識されているにも関わらず、その耐性に重要な要因や作物改良に向けた重要遺伝子の同定はほとんど進められていないのが現状です。鉄過剰ストレスの程度は、他の栄養素や土壌の性質など複数の要因によって影響を受けることが知られています。これまでに、ポット試験や水耕栽培実験により、カリウムの施肥や、ドロマイトと呼ばれるカルシウムとマグネシウムの混合肥料の施肥が、鉄過剰ストレスを軽減させることが知られていました。しかし、これらの栄養素が実際の鉄過剰ストレス圃場でイネの生育と可視障害の形成に与える影響について、また、これらの栄養素が鉄過剰ストレスを軽減させるメカニズムについては、極めて断片的な知見しか得られていませんでした。

国際農研は、マダガスカル・アンタナナリボ大学およびイギリス・クランフィールド大学と共同で、マダガスカル中央高地の鉄過剰ストレス農家圃場で、マグネシウムの施肥が鉄過剰ストレスにより誘導されるブロンジングの形成に及ぼす効果を検証したほか、日本国内の温室における実験から、RNAシーケンス(RNA-Seq)と呼ばれる手法により、マグネシウムが鉄過剰ストレス時に与える広範な遺伝子発現への影響を調べました。

マダガスカルの鉄過剰ストレス圃場において、マグネシウムの施肥により、鉄過剰ストレスにより誘導されるブロンジングの形成が、生育ステージを通して有意に軽減されることが確認されました。また、マグネシウム施肥により、葉中の鉄濃度が減少することでブロンジングが軽減した品種と、鉄濃度の減少を伴わずにブロンジングの軽減した品種が確認されました。このことから、マグネシウムの施肥が、圃場の植物において過剰な鉄の吸収を抑える“排除型”の耐性メカニズムおよび、組織内の過剰な鉄への耐性を向上させる“組織耐性型”の耐性メカニズムの両方を付与することにより、ブロンジングを軽減させることが明らかとなりました。水耕溶液を用いた栽培実験からも、マグネシウムの施肥が、古い組織における鉄濃度は減少させた一方で、新しい葉においては、鉄濃度を減少させることなく可視障害を軽減したことから、マグネシウムの施肥が排除型および組織耐性型の両方の耐性を付与することが確認されました。一方で、カルシウムの施肥は可視障害の形成に影響を及ぼさなかったことから、この効果がマグネシウム特異的であり、単なるイオン間の競合により説明されるものではないことも明らかとなりました。

水耕栽培により栽培された植物を用いた、RNAシーケンスと呼ばれる手法により遺伝子の発現を網羅的に調べる実験からは、根におけるマグネシウムの施肥がむしろ葉の遺伝子の発現を有意に変化させ、可視障害の軽減を引き起こしている可能性が示唆されました。さらに、マグネシウムの施肥によって影響を受けた遺伝子の発現制御領域には特定のタンパク質の結合配列が多く見つかったことから、マグネシウムによる可視障害の軽減に関わる分子メカニズムが示唆されました。

以上のように、鉄過剰ストレス耐性により誘導される可視障害の軽減にはマグネシウムの施肥が有効であること、マグネシウムが排除型および組織耐性型の耐性の両方を付与すること、また、マグネシウム施肥が葉の遺伝子発現の変化を介して可視障害を軽減することが示唆されました。このように、鉄過剰ストレス誘導性のブロンジングは、鉄のみならず、マグネシウムの供給量によっても影響を受けることが明らかとなり、複雑な鉄過剰ストレス耐性メカニズムの一端が明らかとなりました。この研究は、鉄過剰ストレス応答の分子的メカニズムの解明への糸口となるほか、鉄過剰ストレス耐性を向上させた植物の作出に有益となることが期待されます。

 

(アイキャッチ・キャプション)

写真1(左) マダガスカル中央高地の鉄過剰ストレス圃場の様子
写真2(右)鉄過剰ストレスにより引き起こされる可視障害の様子
 

(参考文献)
Rajonandraina, T., Ueda, Y., Wissuwa, M., Kirk, J.D.K., Rakotoson, T., Manwaring, H., Andriamananjara, A., Razafimbelo, T. (2023) Magnesium supply alleviates iron toxicity-induced leaf bronzing in rice through exclusion and tissue-tolerance mechanisms. Frontiers in Plant Science 14, 1213456. https://doi.org/10.3389/fpls.2023.1213456

 

(文責:生産環境・畜産領域 植田 佳明、食料プログラム 中島一雄)

 

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