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790. 温暖化の人的コスト

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790. 温暖化の人的コスト

 

気候変動がもたらすコストは貨幣価値で推計されることが多いのですが、持たざる者の被害よりも持てる者の被害を過大評価するという倫理的問題を伴います。気候正義の推進には、気候変動によって生じる健康被害や人的犠牲が脆弱な社会層に偏る傾向があるという不平等・格差に目を向ける必要があります。

Nature Sustainability誌で最近公表された論文は、温暖化の人的コストを推計するうえで、不利な気候条件にある地域の人々が極端気象に晒される可能性に着目し、量的評価を試みました。

論文は、歴史的に大きな人口を擁してきた地域の年間平均気温分布に相当する、人類が居住可能な気候ニッチ(‘human climate niche’)に着目しました。特定の生物種は、生理学的・生態学的要因の双方を合わせた気候ニッチを有する傾向があります。論文によると、人類に関してみれば、人口密度は年間平均気温が13℃で第一のピーク、そして27℃程度(基本的に南アジアのモンスーン気候と相関)で第二のピークを示してきました。栽培作物種や家畜も似たような地理的分布を示し、経済活動(GDP)も年間平均気温13℃あたりでピークを示します。一方、低あるいは高気温になるほど死亡率は上昇する傾向があり、このことも人類の居住に適している気候ニッチの存在を示唆しています。

気候変動のもとで地域・国の気候条件が極端化することで、その地域・国に居住している人々が暮らしやすい気候ニッチの外に押し出される可能性が高まります。温暖化は、死亡率上昇、労働生産性低迷、認知パフォーマンスの低下、学習能力の低下、妊娠合併症、作物収量ポテンシャルの低下、紛争の増加、感染症の拡散、などを伴う可能性が懸念されています。

論文は、異なる人口動態・温暖化シナリオの元で、気候変動が既に9%の人口をニッチ外に押しやっていることを示しました。さらに、2.7℃の温暖化を伴うような既定の脱炭素対策路線のもとでは、21世紀末(2080-2100年)までに、3分の1(22-39%)の人口がニッチ外に押しやられると予測しました。影響を受ける人々の多い国として、インド・ナイジェリア・インドネシア・フィリピン・パキスタンなどが挙げられる一方、ブルキナファソやマリなどは国土の殆どが気候ニッチ外に押しやられると推計されました。一方、論文は、温暖化を2.7℃から1.5℃に抑制することで、年間平均気温29℃といった耐えきれない暑さに晒されかねない人口を、大幅に削減する可能性も示唆しました。

 

気候変動の人的コストは、脆弱な国の負担が大きいとされる中、気候正義のために先進国による緩和策の推進強化が求められています。

 

(参考文献)
Lenton, T.M., Xu, C., Abrams, J.F. et al. Quantifying the human cost of global warming. Nat Sustain (2023). https://doi.org/10.1038/s41893-023-01132-6

(文責:情報プログラム 飯山みゆき)


 

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