Pick Up

706. 気象・気候科学から学ぶ将来のパンデミックへの教訓

関連プログラム
情報

 

706. 気象・気候科学から学ぶ将来のパンデミックへの教訓

新型コロナウイルスが発生し、国内でも感染者について報告されはじめた2020年1月下旬から3年が経ちました。
2020年はまた、脱炭素化の動きが一気に高まった年でした。 気象・気候科学の予測に対する認識が高まり、世界でも気候変動に対する危機が広く共有されるようになったことが、脱炭素化への動きを推進しました。パンデミックのモデル研究も、将来のアウトブレークに備えるために、気象・気候変動科学が手法と洞察を改善してきた過程から教訓を得られるかもしれません。

最近、米国科学アカデミー紀要(PNAS)誌にて、「気象・気候科学から学ぶ将来のパンデミックへの教訓:Learning from weather and climate science to prepare for a future pandemic」と題した論考が公表されました。こちらを紹介します。

論稿は、予測モデルの開発においては、不確実性を認め、取り込むことの必要性を強調します。例えば、気象予測の正確性は、大気の状態を如何に正確に予測するかにかかっていますが、観測方法や代表性によってエラーが発生します。観測所での観測値は地上よりのバイアスがある一方、衛星データは偏差は小さいものの垂直方向の解像度の低さという欠点を抱えています。同様に、SARS-CoV-2においても、生活排水におけるウイルス量の検出、検査における擬陽性・偽陰性、検査戦略の変更、など、全ての過程にエラーが伴います。現状を完璧に推定しているという仮説のもとでも、モデルの欠点のために将来予測はエラーを免れません。 また、気象・気候モデルにおいては、空間・時間的に精密な解像度でのデータが限られていることや、雲が対流に与える影響など理解が十分でない過程の効果を単純化できない課題があります。感染症のモデル化も、症状の悪化が年齢・性別・行動様式・環境条件・病歴などに強く影響を受けるにもかかわらず、これらを単純化することによる課題を抱えています。

不完全な観測やモデルの欠陥により、小さな不確実性が全く異なる予測を生み出すことが起こります。気象予測では、この問題を、初期条件を少しずつ変えたモデルを複数回実行することで対応しています。一方、気象予測と異なる点として、感染症予測では、感染経路や病状の変化を伴ったSARS-CoV-2変異の拡散について完全に類推するのは困難です。新しい変異株や病原体の感染については、パンデミック・モデルを日々調整していくことが必要になります。

論稿は、とりわけ、モデル開発(model development)、国際比較(international comparisons)、データ共有(data exchange)、リスクについてのコミュニケーション(risk communication)、の4分野における気象・気候変動科学からの教訓の重要性を強調しました。モデル開発・国際比較については、IPCCをサポートするプログラムのもとでモデル比較プロジェクトの実績があります。データ共有については、世界気象機関のもとで1950年来データ共有プログラムが実施され、冷戦時代にも協力関係が滞ることはなく、長期の国際協調のロールモデルとされています。論考は、感染症についても生活排水のモニタリングなど将来のパンデミック発生予測のための国際データ共有を提案しました。リスクと不確実性についてのコミュニケーションについても、気候変動の経験から学ぶことができます。より頻繁で正確な科学的情報の発信は、必ずしも合理的な意思決定に繋がるとは限りません。気候変動科学からの教訓は、社会科学の手法に基づき、状況に応じたコミュニケーション手段を講じるのが時に効果的ということです。

論稿は、複合的な危機に直面するとき、異分野連携がいつにもまして重要になると強調します。気象・気候研究が他分野の研究よりも優れているということではなく、半世紀にわたって不確実性・予測・世界的なデータ共有・数十億ドル規模の政策議論に関わってきた経験から、感染症モデル研究も大いに学ぶことがある、と提案しました。

 

(参考文献)
Sebastian Schemm et al. (2023) Learning from weather and climate science to prepare for a future pandemic. January 17, 2023 PNAS 120 (4) e2209091120 https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2209091120
 
(文責:情報プログラム 飯山みゆき)

 

関連するページ