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508. 持続的なイネいもち病抵抗性品種の育成に向けた圃場抵抗性遺伝子の特徴を解明

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508. 持続的なイネいもち病抵抗性品種の育成に向けた圃場抵抗性遺伝子の特徴を解明

植物は固定生活をしているため、病原菌や害虫から逃げることができませんが、これらの攻撃から身を守るために独自の防御システムを発達させています。病原菌には、1つの種内に、作物の品種に対する病原性が異なる系統が存在することがあり、それぞれの系統をレースといいます。真性(または真正)抵抗性(complete resistance)は、特定の品種が特定の病原菌レースに対して示す強い抵抗性で、環境条件によって変動しにくく、1つ、あるいは少数の遺伝子によって支配されています。これに対し、圃場抵抗性(partial resistance)は、一般的に真性抵抗性ほど明瞭な抵抗性を示しませんが、効果の小さい多数の遺伝子によって総合的に発揮され、病原菌のレースに作用されず感染が広がりにくいという特徴を持ちます。 真性抵抗性を持つ品種は、特定の病原菌への抵抗が強く、株全体がその特定の病気にはかかりません。一方、圃場抵抗性を持つ品種は、病原菌によって発病を許しますが、その発現程度を低く抑え、幅広い菌に有効であり、他の防除法と組み合わせる環境保全型の病害防除技術としての利用が期待されています。 

イネいもち病は、イネの生産を脅かす重大な病害の一つです。イネいもち病菌レースの中には、感染するイネ品種が異なるものがあります。薬剤散布や感染した植物残渣の排除などの防除が試みられていますが、持続的かつ効率的な防除にはいもち病抵抗性品種の育成が有効です。

いもち病抵抗性には、上述した、真性抵抗性と圃場抵抗性があることが知られています。真性抵抗性は、抵抗性と罹病性の反応が明瞭で、これまで多くの真性抵抗性遺伝子が明らかにされ、世界のいもち病抵抗性品種の育成に利用されてきました。しかし、真性抵抗性は、特定のいもち病菌レースに対してのみに有効性を示すことから、いもち病菌レースの変異や置き換わりによって効果を失う「抵抗性崩壊」がしばしば問題となってきました。一方、圃場抵抗性は、効果が小さく明瞭な抵抗性反応を示しませんが、レース特異性を示さず、幅広いレースに有効であるとされています。我が国では、いくつかの圃場抵抗性遺伝子が見つけられ、育種に利用されています。しかし、イネ品種は元々真性抵抗性遺伝子を持っているため、これまで圃場抵抗性遺伝子単独の効果を明らかにすることができていませんでした。

このたび国際誌Phytofrontiersに公表された我々の研究では、効果の大きい真性抵抗性遺伝子を持たない易罹病性系統(いりびょうせい、病気にかかりやすい系統)に、6つの代表的な圃場抵抗性遺伝子を1種類ずつ導入した系統を新たに開発することによって、圃場抵抗性遺伝子がどのような特徴を持つのかを明らかにしました。予め病原性が明らかになっている標準判別いもち病菌レース群を用いた接種試験の結果、圃場抵抗性遺伝子は、真性抵抗性遺伝子のように抵抗性と罹病性が明瞭に分かれるのではなく、多くのレースに対して中間的な抵抗性を示すことが明らかになりました。また、愛知県総合農業試験場との共同研究で実施した穂いもち抵抗性試験では、穂いもち病の発生や進展を遅らせることを明らかにしました。圃場抵抗性遺伝子の中には、気象条件によらず安定して穂いもち抵抗性を発揮するもの、気象条件(特に気温)により穂いもち抵抗性の程度が変化するものなど、圃場抵抗性遺伝子の中にもその特徴に違いがあることが明らかになりました。

これらの結果は、単に圃場抵抗性遺伝子の特徴付けを行っただけでなく、新たな品種改良において重要な知見を提供しています。また、新たに育成した系統は、いもち病圃場抵抗性の育種素材として利用できます。

国際農研の「アフリカのための稲作を中心とした持続的な食料生産システムの構築【アフリカ稲作システム】」プロジェクトでは、アフリカ地域の基幹作物であるコメの増産と人々の栄養改善につながる新たな技術や知見を創出し、稲作を中心とした持続的な食料生産システムの構築を目指します研究に取り組んでいます。アフリカ地域は、感染力の強いいもち病菌レースが広く分布しており、新たないもち病抵抗性品種や防除技術の開発が強く求められています。本研究成果は、いもち病抵抗性育種の礎となり、持続的でかつ安定した稲作に貢献すると考えています。

 

(参考文献)
Hiroki Saito, Asami Tomita, Tomohumi Yoshida, Mitsuru Nakamura, Taro Suzuki, Akihito Ikeda, Takahiro Kato, Yasunori Nakajima, Ryo Tanimoto, Toshio Tani, Nagao Hayashi, Hideyuki Hirabayashi, Ikuo Ando, and Yoshimichi Fukuta (2022) Characterization of six partial resistance genes and one QTL to blast disease using near isogenic line with a susceptible genetic background of Indica Group rice (Oryza sativa L.) 
https://apsjournals.apsnet.org/doi/10.1094/PHYTOFR-06-21-0042-R

 

関連するページ
499. イネいもち病に対する判別システムの普及と利用
https://www.jircas.go.jp/ja/program/proc/blog/20220317

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 齊藤大樹)

 

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