理事長 長谷川利拡
国際農研 (JIRCAS) の第6期中長期計画の開始にあたり、このたび理事長を拝命いたしました長谷川利拡です。私は、作物学・作物生理学を専門とし、長年、大学および農研機構の研究現場で、気候変動と農業生産をめぐる課題に取り組んできました。国内外の研究者とともに、農業分野における気候変動影響評価の高度化と、アジア・アフリカを含む各地域での適応策の検討に貢献してきました。
また、気候変動に関する政府間パネル (IPCC) 第6次評価報告書では、食料や生態系産物に関する章の統括執筆責任者を務め、最新の科学的知見を国際社会に発信する役割を担いました。科学的エビデンスが各国の政策決定や国際的な議論に直接反映されうることを、身をもって実感した経験でもあります。こうした背景を踏まえ、研究者として培ってきた知見と国際ネットワークを、国際農研の運営と対外連携の強化に活かしていきたいと考えています。
現在、気候変動の進行や極端現象の増加、感染症の拡大、地政学的リスクの高まりなどにより、世界の食料・農業・環境を取り巻く状況は一層不確実で複雑なものとなっています。第6期中長期計画は、こうした変化が常態化する時代において、アジア・アフリカ等の開発途上地域を主な対象としつつ、世界の食料安全保障や持続可能な農林水産業に貢献することを目的に、7年間の視野で策定されたものです。長期的な環境変化への対応と同時に、紛争や価格高騰、自然災害など短期的なショックにも柔軟に対処できる研究・連携体制の構築を重視しています。
その際の基本的な考え方として、第一に「単一の技術で複雑な課題は解決できない」という現実を出発点に据えています。品種改良、栽培技術、資源管理、制度設計、ガバナンスなど、多様な要素を組み合わせ、現地のニーズと条件に即した形で統合していくことが不可欠です。第二に、個別技術の開発にとどまらず、それらを社会の中でどのように位置づけ、どのようなインパクトを持ちうるのかを、システムとして評価・説明する研究を強化していきます。科学的知見を政策や現場に橋渡しする「科学と社会のインターフェース」としての役割を、より戦略的に果たしていく考えです。
国際農研には、このような取り組みを進める上での固有の強みがあります。農業だけでなく林業・水産業を含む農林水産業全体を対象とする国内唯一の研究機関として、食料・環境・資源を総合的に扱えること、アジア・アフリカ等の特定地域に焦点を当てた現地密着型の研究と社会実装に長年蓄積があること、そして多様で優れた人材が国際的なネットワークの中で活躍していることです。第6期中長期計画では、これらの強みを一層磨き上げ、現場での実証と国際的な情報発信を一体的に進め、IPCC等の国際評価プロセスや各国の政策形成にも貢献しうるエビデンスの創出を目指します。
不確実性の高い時代だからこそ、変化を前提とし、変化に挑む研究機関でありたいと考えています。国内外の研究機関、国際機関、行政機関、企業、市民社会など多様なパートナーの皆様と連携しながら、持続可能な農林水産業と食料システムの構築に向けて、実効性の高い研究と社会実装を進めてまいります。今後とも、国際農研の活動に対し、変わらぬご理解とご支援を賜りますよう、心よりお願い申し上げます。