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1045. どこまで耐えられるか、危険な熱波(再掲)
1045. どこまで耐えられるか、危険な熱波(再掲)
世界中で熱波が報告されています。今日は、以前紹介した、2023年にPNAS誌で発表された人類の熱波に対する限界についての論稿を再掲します。
2023年11月15日に公表されたランセット・カウントダウン2023報告書が指摘するように、致命的な危険をもたらす熱波は人為的に引き起こされる地球温暖化によって深刻さを増しています。2023年10月にPNAS誌で発表された人類の熱波に対する限界についての論稿を紹介します。
気候変動に関する政府間パネル (IPCC)が2007年に発表した「気候変動 2007 -影響、適応と脆弱性」(Climate Change 2007 – Impacts, Adaptation and Vulnerability)が公表された当時は、熱波耐性限界に関する文献は極めて少なく、人類は多大なコストを伴いつつも12℃までの地球温暖化に耐えうるのではないかと想定していたようでした。
近年の研究は、人間の熱ストレスを発症する範囲がこれまで考えられていたより遥かに小さいとし、地球温暖化の緩和が不十分な場合、地球の一部地域は人類にとって居住不可となる可能性を指摘しています。
熱ストレスは、気温と湿度に依存しており、近年その両方が上昇傾向にあります。クラウジウス・クラペイロンの式(物質がある温度で気液平衡の状態にあるときの蒸気圧と、蒸発に伴う体積の変化、及び蒸発熱を関係付ける式)を用いた場合、1℃気温上昇ごとに大気中の水蒸気量は6~7%増加する計算で、大気の熱上昇に湿度が大きく貢献しているという事実はしばし見過ごされてきました。
気温と湿度の双方に配慮した湿球温度(wet bulb temperature: Tw)を提案した研究によれば、人間が耐えうる熱の上限はTw35℃であり、これを超えると正常な深部体温である37℃を維持することが熱力学的に不可能となります。人類の生存限界とされるこのTw35℃の値は、日陰・水分補給・休息の最適な条件に基づく上限であり、現実的な限界値はこれより確実に低いことが予想されています。近年の生理学的研究によると人間の体温調節が過剰になり健康被害を伴う熱ストレスはTw31℃またはそれ以下でも発生することが確認されています。実際に、ごく短期間ではあるもののTw31℃を超える事例が複数地域で発生しており、Tw35℃越える事例も数回観測されており、地球温暖化が進むに連れて人間の安全区域が狭まりつつあるのが現実です。
地域別にみて特に脆弱とされているのがサブサハラアフリカ、中国東部、インダス川流域やペルシャ湾です。これら地域は世界の平均気温上昇が2℃以下でも熱ストレスに晒されており、気温が2℃を超えて上昇するたびに、年間少なくとも1週間、一部では数か月間、危険な熱波を経験することが見込まれます。熱波に晒される地域はその後どんどん広がり、4℃の気温上昇で南北アメリカ、中東、南・東アジアの大部分、そしてオーストラリア北部も影響を受けると予測されています。
一方で、これまで大幅な死亡率の増加がみられないことは人間の生理学的適応を示している可能性は否定できません。しかし、死亡に至らなくても、体温調節不全に起因する深部体温の上昇は、長い期間に晒された場合、臓器障害などの悪影響が懸念されます。Tw35℃に対する生理学的適応は先進国と発展途上国で違うことはもちろん、年齢、健康、体力における個人差は大きいことを承知することが必要です。
危険な熱ストレスに定期的にさらされる世界を生き延びるには、大幅な行動変容や技術的適応が求められ、これによって生活習慣や生産性が損なわれることもあるでしょう。例えば、暑すぎて年に一度のメッカ巡礼に行けない数百万人イスラム教徒や、一日に数時間しか屋外作業が許されないことで生じるサプライチェーンの乱れも十分にあり得ることでしょう。最も熱ストレスに晒される脆弱な国のほとんどの住民にとって空調機の使用は今後も手の届かない状況が続き、他方では空調依存が進んだせいで熱ストレス適応が劣化し、一旦危険な状況に晒されることで健康状態が悪化するでしょう。そして言うまでもなく、野生動物や家畜は、今後人間以上に悲惨な目に合うことになります。
熱波のプロセスが地球規模で捉えられていないこと、また気候モデルで解決されていないということは、地域によっては局所的な湿球温度に晒されることが過小評価されていることを意味します。気象観測で見落とされがちな都市部のヒートアイランド現象や雨期(湿潤気候)時の湿度上昇も多くのリスクを伴います。南アジアをはじめとする農業地域においては、灌漑が湿度を上昇させ、熱ストレスを悪化させる可能性も考えられます。すでに限界に近いTw値において、その僅かな上昇が熱波への脆弱性を大幅に増加させることが考えられます。特に極度の暑い条件下では、温度以上に湿度の変化が重要なファクターとなるため、注意深い観測・対応が必要です。
世界各地でオーバーシュートの発生を最小限抑え、パリ協定の温度上昇2 ℃未満を実現することが、たとえ快適ではないにしても、熱ストレスの限界を超えない居住可能な地球を維持することに繋がるのです。
(参考文献)
Steven C. Sherwood, Emma E. Ramsay. Closer limits to human tolerance of global heat. PNAS.
October 13, 2023. 120 (43) e2316003120
https://www.pnas.org/doi/10.1073/pnas.2316003120
(文責:(前)情報プログラム トモルソロンゴ、情報プログラム 飯山みゆき)