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341. OECD-FAO農業アウトルック報告書出版記念イベント 開催報告
341. OECD-FAO農業アウトルック報告書出版記念イベント 開催報告
ちょうど1週間前の2021年7月14日(水)、国連食糧農業機関(FAO)駐日連絡事務所主催、国際農研協力の下、「OECD-FAO農業アウトルック報告書出版記念イベント」がオンラインで開催されました。今回のイベントでは、7月5日(月)に公表された2030年を見通す報告書に基づき、報告書執筆に携わった専門家がその内容を講演するとともに、日本の農業アウトルックの専門家と意見を交わしました。
まず、FAO駐日連絡事務所の日比絵里子所長により農業アウトルックの国際的な公共財 としての性格が説明されるとともに、9月の世界食料システムサミットや、12月の東京栄養サミット等を視野に入れた意見交換について期待が述べられました。次に、農林水産省国際部国際機構グループの本田光広参事官から、世界の食料需給の不確実性の高まり等の観点からアウトルックの意義が示され、持続可能な食料システム構築に向けた理解の深まりへの期待が述べられました。国際農研の小山修理事長からは、食料需給見通し分野における我が国の国際的な貢献について説明されるとともに、長期的な農業見通しの限界や長所に加え、検証可能な統計的根拠を持って食料システムの問題点と解決策を見つけるというアウトルックの意義が示されました。
アウトルック報告書については、概要を紹介するビデオの後、2名の専門家から報告が行われました。まず、FAOのHolger Mattheyシニアエコノミストから、方法論等の背景、マクロ経済と政策に関する前提条件、消費及び生産の見通しについて説明がありました。主な食料の消費量については、今後、2030年まで緩やかな傾向的増加以外の大きな変化は予測されないものの、高所得国における赤身肉から家禽肉等への食用需要のシフトといった、品目や用途、地域ごとに特徴があることが示されました。一方、同期間に作物生産額は大幅に増加すると見込まれていますが、この多くが継続的な研究開発投資や農業投入財の使用を前提とした単収の伸びに起因すると考えられています。畜産物・水産物生産額も大きく増加すると予測されていますが、特に家畜当たりの乳製品の生産性向上などに起因する部分が大きいと見られています。また、畜産が大きく寄与する農業部門由来の温室効果ガス排出量は、今後10年間で4%増加するものの、農業生産の伸びはこれを上回るという見通しが示されました。
経済協力開発機構(OECD)のHubertus Gayシニア農業政策分析官は、貿易と価格の見通しに加え、見通しの不確実性について報告を行いました。各地域の食料供給量に占める輸入品の割合(カロリーベース)は世界平均では20%、近東・北アフリカ地域では60%以上にもなることから、フードセキュリティ確保のための輸入の重要性が確認されました。また、アジア太平洋地域などにおける純輸入額の増加が予測される一方、ラテンアメリカ・カリブ海沿岸諸国等が純輸出額を大幅に増加させると見込まれており、地域ごとに輸入または輸出への特化が進むと見られています。今後の食料価格(実質価格)については、消費の鈍化と生産の堅調な伸びを受け、多くの品目で緩やかに下落していくという見通しが示されました。さらに、アウトルックやその前提条件には、市場や政策に関する不確実性が伴うことにも言及されました。
報告に対し、2名の日本人の専門家がコメントしました。まず、農林水産政策研究所の古橋元上席主任研究官から、中長期見通しへのコロナ禍の短期的な影響の組み込み方や、ポストコロナの消費行動、デジタルトランスフォーメーションを左右する農業投資等の話題が提起されました。次に、国際農研の古家淳領域長により、コロナ禍や貿易自由化といった主題ごとに報告書の主なメッセージが整理されるとともに、先進諸国において看過されがちなコメの需給動向についてもまとめられているといった今回の報告書の特徴が述べられました。
Q&Aセッションでは、大きく4つの質問に対してFAOとOECDの専門家が回答しました。まず、気候変動の農業適地への影響についての質問に対し、Matthey氏からアウトルックではこのような評価のためのデータは用いられていないものの、専門家との意見交換を通して関連する情報を得ており、意見の一致が得られる部分については今後反映させていきたいとする説明がありました。次に、アウトルックにはAIや品種改良、栽培技術等、将来生じえる技術も反映されているのかという質問に対し、Gay氏から緩慢な傾向的変化は加味している一方、構造変化 のような急激な変化は想定していないとする回答がありました。次に、ベジタリアンの増加が温室効果ガス排出に与える影響について質問がありましたが、Matthey氏から、ベジタリアンの数は限られており増加は緩やかであるため、その影響は世界の統計からは確認できないという説明がありました。最後に、近東・北アフリカ地域における、カロリー供給量に占める輸入品の割合の突出した高さの理由と解決策についての質問に対し、Gay氏から自然環境や気象等の条件により地域によって生産できる食料は限られているという理由とともに、食料確保を国際貿易システムの中で考えていくことの重要性が指摘されました。
最後に、FAO駐日連絡事務所の日比所長から「食の真のコスト」 の概念が紹介され、外部経済を可視化することの重要性が指摘されるとともに、食料システム変革のため重要な役割を果たすとして参加者への謝辞が述べられました。また、国際農研の飯山みゆきプログラムディレクターにより、食料需給の中長期的な動向を知り、国際社会の安定に貢献するという観点から、今回のイベントの意義が強調されました。
当日のQ&Aの回答につきましては、登壇者からのコメントがそろい次第、HPにて紹介する予定です。
(文責:社会科学領域 草野 栄一)