研究成果
マダガスカルで水稲新品種Besalohy(ベサルヒ)を開発
―コシヒカリ由来の穂数増加遺伝子を活用し、低肥沃度条件で9%増収―
令和8年10月22日
国際農研
マダガスカル国立農村開発応用研究センター
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ポイント
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概要
マダガスカルでは、コメが国民の主食である一方、窒素やリンが不足する低肥沃度水田が広く分布しており、肥料が少ない条件でも安定して収量を確保できる品種の開発が求められていました。国際農研は、マダガスカル国立農村開発応用研究センター (FOFIFA) と共同で、こうした低肥沃度水田でも増収効果を示す水稲新品種「Besalohy (ベサルヒ)」を開発し、このたびマダガスカルで新品種として登録しました。
「Besalohy」はマダガスカル語で「たくさんの穂」を意味します。日本の主力品種「コシヒカリ」が持つ穂数増加遺伝子座MP31) を、マダガスカルの主力品種「X265」に導入して育成しました。育成には、連続戻し交配2) とDNAマーカー支援選抜3) を活用し、「X265」の主要な農業形質を維持しながら、低肥沃度条件下でも穂数を増やす特性を付与しました。
2024年から2025年にマダガスカルの中央高地、北西部および東部の7地点で、無施肥、堆肥施用、堆肥と化学肥料の施用の3つの施肥処理を設け、「X265」の収量がヘクタール当たり1.80トンから6.37トンまでの幅広い栽培条件での生産力試験を実施しました。結果、「Besalohy」は「X265」と比べて、穂数が平均21%増加し、精籾収量は平均9%増加しました。この増穂および増収の効果は、「X265」の収量がより低水準にあった無施肥処理においても、同等に発揮されました。38農家を対象にした食味評価では、調理前・調理後の外観、香りおよび食味の全項目で、「X265」を上回る評価を得ました。
今後、FOFIFAおよびマダガスカル農業食料主権省と連携して「Besalohy」の認証種子を生産・普及することにより、同国の主食であるコメの安定生産、農村部の所得向上および貧困削減への貢献が期待されます。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「アフリカのための稲作を中心とした持続的な食料生産システムの構築」 (2021~25年度),「アフリカの水田農業と森林機能を両立する気候変動下での持続的な食料生産システムの構築」 (2026年度~)
国際科学技術共同研究推進事業 地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム (SATREPS) 課題「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合した アフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」 (2017~21年度) - 品種登録名
- Besalohy (別名: FOFIFA X265-MP3)
品種登録通知日: 2026年8月28日, 品種登録通知公文書番号: N129/26-MiASA/SG/DGA/SOC
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 長谷川利拡
- 研究推進責任者 :
- プログラムディレクター 藤田泰成
- 研究担当者 :
- 生産環境・畜産領域 主任研究員 髙井俊之
生産環境・畜産領域 プロジェクトリ―ダー 辻本泰弘 - 広報担当者 :
- 広報連携ユニット長 丸井淳一朗
プレス用 e-mail : info-pr@jircas.go.jp
研究の経緯
マダガスカルは、一人当たりのコメ消費量が日本の2倍以上に達し、国民の半数以上が稲作に従事する、世界有数の稲作国です。コメは国民の主食であるとともに、多くの農家にとって重要な生計手段となっています。
一方、同国のイネ収量はヘクタール当たり平均約2.5トンにとどまり、日本の半分以下の水準です。生産性が伸び悩む背景には、窒素やリンが不足する低肥沃度の水田が広く分布していることに加え、農家によっては十分な化学肥料を投入することが難しい事情があります。こうした条件下では、穂のもととなる分げつ4) の発生が抑制され、十分な穂数を確保しにくいことが、収量が伸び悩む一因となります。
このため、低肥沃度条件でも安定して多くの穂を形成し、収量を確保できるイネ品種の開発が強く求められていました。国際農研はこれまでに、日本の主力品種「コシヒカリ」に由来し、分げつの発生を促進して穂数を増加させる遺伝子座MP3を同定するとともに、その導入が一部の品種背景において増収に寄与することを明らかにしてきました(2023年3月31日プレスリリース)。
こうした成果を基盤として、国際農研はFOFIFAと共同で、マダガスカルの主力品種「X265」に MP3 を導入した水稲新品種「Besalohy」を開発しました。本品種は、低肥沃度水田でも穂数の増加を通じた増収が期待できることから、同国におけるコメの安定生産に資する品種として登録されました。
新品種「Besalohy」の特徴
- 「Besalohy」は、日本の主力品種「コシヒカリ」とマダガスカルの主力品種「X265」を交配し、その後、「X265」を反復親とする連続戻し交配とDNAマーカー支援選抜により、穂数増加遺伝子座MP3を「X265」に導入して育成した品種です (図1)。
- 「Besalohy」の草姿は「X265」とほぼ同等であり、「X265」が備える主要な農業形質を維持しています (写真1)。
- 2024年から2025年に、マダガスカルの中央高地、北西部、東部の7つの農家圃場で、無施肥、堆肥施用、堆肥と化学肥料の施用の3つの施肥処理 (全21処理区) で実施した生産力試験では、「Besalohy」は「X265」と比べ、全21処理区の平均穂数が約21%増加しました。精籾収量は全21処理区で「X265」がヘクタール当たり1.80~6.37トン、「Besalohy」が1.87~6.96トンの範囲を示し、平均で3.56トンから3.88トンへ約9%の増収が確認されました (表1、2)。この増穂および増収の効果は、「X265」の収量が平均2.97トンで、より低水準にあった無施肥処理においても、同等に発揮されました。
- 2025年に38農家を対象として実施した食味評価では、要因は明らかではありませんが、「Besalohy」は調理前・調理後の外観、香りおよび食味のすべての項目で、「X265」を有意に上回る評価を得ました (表3)。
今後の予定・期待
新品種登録を受け、2026年9月1日、マダガスカルの首都アンタナナリボ市で「Besalohy」のリリース式典が開催されました (写真2)。式典には、ラジャウナリソン首相、ラミンド農業食料主権大臣、ラヴニマナンツァ高等教育科学技術大臣、戸島駐マダガスカル特命全権大使などが列席しました。ラジャウナリソン首相は、国民の主食であり農家の重要な収入源でもあるコメに関する研究成果を高く評価し、マダガスカル政府として、新品種「Besalohy」の普及を支援していく方針を表明しました。
今後、国際農研はFOFIFAおよびマダガスカル農業食料主権省と連携し、「Besalohy」の認証種子生産と農家への普及を進めます。本品種の導入を通じて、低肥沃度水田におけるコメの安定生産、農村部の所得向上および貧困削減への貢献が期待されます。また、本品種を通じて得られる育種・種子生産・普及に関する知見は、将来的に他のアフリカ諸国における稲作振興にも活用できると見込まれます。
用語の解説
- 1) 穂数増加遺伝子座MP3
- イネの分げつを促し、穂数を増加させる遺伝子座です。「コシヒカリ」から同定され、熱帯地域で広く栽培されるインド型品種への導入により、穂数と籾数が約20%増加することが確認されています。
【参考】令和5年度国際農林水産業研究成果情報 : 穂数を増加させる量的遺伝子座MP3は高CO2環境でイネを増収させる(https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2023_b07) - 2) 連続戻し交配
- 2品種間で交配した子 (雑種第一代) およびその後代に、改良の基礎とする親品種を繰り返し交配する方法です。親品種の優れた特徴を保ちながら、目的とする遺伝子を導入するために用います。
- 3) DNAマーカー支援選抜
- DNA配列の違いを目印として、目的の遺伝子や形質を持つ個体を効率的に選ぶ育種技術です。
- 4) 分げつ
- イネ科植物の根元から枝分かれして生じる新しい茎のことです。多くの場合、それぞれの茎に穂が形成されます。
担当研究者の声
生産環境・畜産領域 髙井俊之
2018年に初めてマダガスカルを訪れた際、痩せた水田で稲穂が極めて少ない光景に衝撃を受けました。それから8年を経て、痩せた水田でも稲穂を増やす新品種「Besalohy」の育成に携われたことを大変感慨深く思います。今後はその普及にも尽力し、マダガスカルのイネ生産向上に役立てれば幸いです。
(写真: マダガスカルの研究者とイネ育種のための交配に取り組む髙井主任研究員)
参考図表
図1 親品種「X265」と新品種「Besalohy」の染色体構成
横軸の1~12はイネの染色体番号を示す。黒色の領域は「コシヒカリ」由来の染色体領域で、穂数増加遺伝子MP3を含む。
写真1 親品種「X265」と水稲新品種「Besalohy」の草姿
(左)親品種「X265」、(右) 新品種「Besalohy」。
表1 生産力試験における「Besalohy」の穂数(本/m2)
表2 生産力試験における「Besalohy」の精籾収量(t/ha)
表3 農家による「Besalohy」食味評価
写真2 新品種「Besalohy」のリリース式典
(左) ラジャウナリソン首相による祝辞 (写真: マダガスカル共和国農業食料主権省提供)。
(右) 集合写真 : 左から ラミンド農業食料主権大臣、ラヴニマナンツァ高等教育科学技術大臣、戸島特命全権大使、ラジャウナリソン首相、FOFIFA所長、国際農研研究担当者、国際農研研究担当者、FOFIFA研究担当者。