水稲施肥技術「リン浸漬処理」の普及が拡大
―マダガスカルの貧困農家や肥料会社が採用し、新たな投資を創出―
令和5年3月31日
国際農研
水稲施肥技術「リン浸漬処理」の普及が拡大
―マダガスカルの貧困農家や肥料会社が採用し、新たな投資を創出―
ポイント
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概要
国際農研が、マダガスカル共和国で実施したSATREPS2)で、マダガスカル国立農村開発応用研究センター(FOFIFA)と共同開発した水稲施肥技術「リン浸漬処理(通称:P-dipping)」(写真1)によるコメの増収効果が同国の広域で確認されているとともに、民間の肥料会社への新たな投資が創出されるなど、社会実装が進んでいます。
国際農研は、国際協力機構(JICA)が実施する技術協力プロジェクト「コメセクター生産性向上及び産業化促進支援プロジェクト」の協力も得て、マダガスカル農業畜産省普及局及び現地の民間肥料会社とともに、P-dippingの簡易マニュアルと少量の肥料(3kgの重過リン酸石灰を梱包)を入れた袋を作成し、マダガスカル国内の農家3,000戸以上にP-dippingの広域実証試験を行った結果、ヘクタールあたりのコメ平均収量が3.7トンから4.8トンと約1.1トン(30%)増加しました(写真2)。コメの増収は、稲作を主な収入源とする同国農村地域の貧困農家に大きな経済効果をもたらすものです。
令和4年10月からは、P-dipping用の肥料(重過リン酸石灰)の販売が開始され(写真3)、令和5年2月までに既に1,000戸以上の農家が購入しています。現在、肥料価格が高騰していますが、農家は同技術を継続的に活用しています。購入者に対する追跡調査から、P-dippingは施肥量が少ないだけでなく、肥料の持ち運びも容易であることから、経済的な理由や肥料市場へのアクセスの悪さ3)の影響で、水稲への化学肥料の施用が難しかった貧困農家にも導入されていることが分かりました(写真4)。農家の技術の普及状況を受けて、マダガスカルの民間肥料会社が、P-dipping用のリン肥料50トン(約900万円相当)を追加で海外から調達するなど、新たな民間投資も生まれました(写真5)。
国際農研は、マダガスカルでの3年間の家計調査をもとに、コメの増収が農家の所得や栄養摂取量にも正の効果をもたらすことを明らかにしており(令和5年1月12日プレスリリース)、国際農研が開発したP-dippingが、より多くの農家や肥料会社に知られ、普及することによって、マダガスカルのコメの増産、さらには、農家の貧困削減と栄養改善に繋がることが期待できます。
- 関連情報
- 本研究は、国立研究開発法人 科学技術振興機構(JST)とJICAの連携事業であるSATREPS「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上(平成29年5月~令和4年9月、研究代表者:国際農研 辻本 泰弘)」の支援を受けて行われました。同プロジェクトは、JSTによる終了時評価報告書において「SATREPS生物資源分野プロジェクトの模範となるもの」として高く評価されました。
問い合わせ先
国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 中島 一雄
- 研究担当者:
- 国際農研 生産環境・畜産領域 辻本 泰弘
- 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。 |
※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
用語の解説
- 1) リン浸漬処理
リン肥料と水田土壌を混ぜた泥を水稲の根に付着させてから移植する簡易手法。国際農研が、明治期の日本の稲作技術にヒントを得ながら、養分が少ないアフリカの風化土壌でも、効率的にコメ収量を改善できる手法としてFOFIFAと共同で開発(令和2年4月23日プレスリリース)した手法で、少ない肥料でコメの収量を大幅に改善できることや、イネの生育日数を短縮し生育後半の低温などの環境ストレス回避にも効果を発揮することが示されています。
P-dippingの詳細については、以下URL「移植苗のリン浸漬処理がイネの増収と冷害回避につながることを実証」に掲載されています。
https://www.jircas.go.jp/ja/release/2020/press202001- 2) SATREPS
地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(Science and Technology Research Partnership for Sustainable Development)の略称です。科学技術と外交を連携し、相互に発展させる「科学技術外交」の一環として、地球温暖化や生物資源、防災、感染症といった地球規模の課題解決を目指す、日本と開発途上国との共同研究事業です。
- 3) 肥料市場へのアクセスの悪さ
通常の水稲施肥法で必要とされる化学肥料を圃場まで運搬することが困難な状況。マダガスカルの農村地域では、交通や市場の発達が乏しいこと、多くの農家にとって輸送費の支出が難しいことが原因となっています。