研究成果
水稲施肥技術「リン浸漬処理」は冠水害の回避にも有効
―サブサハラアフリカの安定的かつ持続的なコメの生産に貢献―
令和5年7月24日
国際農研
マダガスカル国立農村開発応用研究センター
アンタナナリボ大学放射線研究所
科学技術振興機構
国際協力機構
水稲施肥技術「リン浸漬処理」は冠水害の回避にも有効
―サブサハラアフリカの安定的かつ持続的なコメの生産に貢献―
ポイント
|
概要
国際農研は、マダガスカル国立農村開発応用研究センター(FOFIFA)及びアンタナナリボ大学放射線研究所との共同研究により、水稲施肥技術「リン浸漬処理(通称:P-dipping)」の効果を、マダガスカルの気象や地形条件が異なる農家圃場で検証し、同技術が肥料の利用効率を大幅に改善するだけではなく、生育初期に生じる冠水害の回避にも有効であることを明らかにしました。
国際的な肥料価格の高騰や気候変動に伴う極端気象の頻発化は、マダガスカルをはじめ、購買力が低く、生産基盤が脆弱な貧困農家の農業生産をより困難にしています。
今回得られた成果は、P-dippingを採用することで、肥料の利用効率を高め、頻発化している冠水害の対処にもつながる可能性を示したものです。同技術を普及拡大することで、サブサハラアフリカでの安定的かつ持続的なイネ生産に貢献することが期待されます。
本研究成果は、国際科学専門誌「European Journal of Agronomy」オンライン版(日本時間2023年7月20日)に掲載されました。
関連情報
本研究は、国立研究開発法人科学技術振興機構(JST)と独立行政法人国際協力機構(JICA)の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム(SATREPS)「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(研究代表者:辻本泰弘)の支援を受けて行われました。
発表論文
- 論文著者
- Aung Zaw Oo, Yasuhiro Tsujimoto, Njato Mickaël Rakotoarisoa, Bruce Haja Andrianary
- 論文タイトル
- Localized phosphorus application via P-dipping doubles applied P use efficiency and avoids weather-induced stresses for rice production on P-deficient lowlands
- 雑誌
- European Journal of Agronomy
DOI : https://doi.org/10.1016/j.eja.2023.126901
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 中島 一雄
- 研究担当者:
- 国際農研 生産環境・畜産領域 辻本 泰弘
国際農研 生産環境・畜産領域 アウン ゾー ウー - 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
科学技術振興機構
- 事業担当:国際部
- e-mail:global@jst.go.jp
- 広報担当:広報課
- e-mail:jstkoho@jst.go.jp
国際協力機構
- 担当:経済開発部
- 農業・農村開発第二グループ
e-mail:edga2@jica.go.jp
開発の社会的背景
サブサハラアフリカの農村地域では、作物の生産性が低く、多くの農家が貧困や飢餓の問題を抱えています。作物の生産性を阻害する要因として、農家が貧しく肥料をあまり投入できないことが挙げられます。ロシアのウクライナ侵攻に前後した国際的な肥料価格の高騰は、この状況に拍車をかけ、世界銀行の報告書では、2022年の化学肥料の消費量は世界全体で5%、サブサハラアフリカでは最大25%低下した可能性が指摘されています。
加えて、サブサハラアフリカでは、半分以上の水田が十分な灌漑排水設備をもたない天水田に分類され、水不足や冠水など様々な環境ストレスを受けやすいことも生産が安定しない要因になっています。アフリカで発生した洪水件数は、この30年で倍増(1990年代と2010年代の比較)しており、2019年から2020年には、アフリカ南東部一帯で発生した豪雨が、地域の農業生産に甚大な被害を及ぼしました。極端気象の頻度や強度は今後ますます高まることが予測されており、こうした課題の解決策として、少ない肥料でも効率的に作物の生産性を改善し、かつ、気候変動にも強靭な生産技術の開発が求められています。
研究の経緯
アフリカ大陸の南東沖に位置するマダガスカル共和国は、一人当たりのコメ消費量が日本の2倍以上あり、国民の半数以上が稲作に従事するアフリカの稲作大国です。しかし、農村地域の主な収入源であるイネの収量はヘクタール当たり約2.8トンと日本の半分以下に停滞しており、深刻な飢餓と貧困の要因になっています。
国際農研では、明治期の日本の稲作技術に発想を得て、少量のリン肥料を混ぜ込んだ泥を苗の根に付着させてから移植する水稲施肥技術P-dippingを考案し、同技術がマダガスカルに広くみられるリン欠乏水田でのコメ生産を改善できることや、イネの生育日数を短縮し、生育後半に気温が低下することで生じる冷害の回避にも効果を発揮することを実証しました(令和2年4月23日プレスリリース)。
一方で、水不足や冠水などのリスクを含め、気象要因に伴う様々な環境ストレスの影響を受けやすい農家圃場において、同技術がどの程度の増収効果をもつのか、明らかにされていませんでした。
そこで、本研究では、気象や地形条件が異なる18地点の試験圃場を選定し、移植日や窒素施肥などの栽培管理法を変えることで、P-dippingの標準的な効果や、同技術の効果が高い栽培環境を解明することを目指しました。
研究の内容・意義
- P-dippingを施すことで、18地点の農家圃場におけるヘクタール当たりの平均籾収量は、リン肥料なしと比べて1.1トン、同量のリン肥料を従来の表層施肥で与えた場合に比べて0.5トン増加しました(図1左)。さらに、窒素施肥と組み合わせることで収量差は大きくなり、窒素の利用効率も改善することが分かりました(図1右)。
- P-dippingは、初期生育を促すことで、移植後の水位上昇に伴う冠水害2)を回避し、稲株の枯死率を軽減することが分かりました(図2左の写真)。その結果、冠水害を受けた圃場では、P-dippingによる増収効果(リン肥料なしとの収量差)が大きくなりました(図2右のグラフ)。
- これまでの知見と同様に、p-dippingは、移植から収穫までの日数を短縮することで、生育後半の気温低下に伴う低温ストレスを回避し、登熟度3)を改善することが分かりました(図3左の写真)。その結果、標高の高い冷涼な地点だけでなく、温暖な地点でも移植日が遅い場合には、p-dippingによる増収効果が大きくなることが示されました(図3右のグラフ)。
今後の予定・期待
本研究によって、P-dippingがリンと窒素の施肥効率を高めるとともに、生育期間の短縮や旺盛な初期生育を介して、低温不稔や冠水害など、気象要因に伴う様々な環境ストレスにも効果を発揮することが示されました。P-dippingは、少ない肥料でも大幅な増収が見込まれることから、肥料の購買力が乏しいマダガスカルの稲作農家にも普及し始めており(令和5年3月31日プレスリリース)、停滞するイネ収量改善の打開策として期待されています。また、サブサハラアフリカには、マダガスカルと同様に低温不稔や冠水害を受けやすい稲作地域が多くみられます。同技術をこれらの地域に普及させることで、サブサハラアフリカの安定的なコメ増産、さらには、SDGsに掲げられた飢餓の撲滅や持続可能で気候変動にも強靭な農業の実現に貢献していきたいと考えています。