研究成果
国内最多収品種「北陸193号」の収量性をさらに高めた次世代イネ系統を開発
―高温・低肥料環境での増収・安定生産に貢献―
令和7年12月18日
国際農研
農研機構
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ポイント
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概要
国際農研は、農研機構との共同研究により、高温や低肥料条件下でも収量が向上する次世代イネ系統「北陸193号-MP3」の開発に成功しました。
本研究では、「コシヒカリ」由来でインド型イネ1) の穂数を増加させる遺伝子MP32) を国内最多収品種「北陸193号3)」に戻し交配により導入し、その効果を検証しました。その結果、「北陸193号-MP3」は親品種「北陸193号」と比較して21~28%の穂数が増加し、通常気温だけでなく最高気温が35℃を超える猛暑環境下でも、7~9%の精玄米収量の増加を達成しました。さらに、窒素肥料を施用しない条件でも収量向上が確認されました。
従来の研究では、籾数が増加すると籾の稔実率が低下することが報告されていましたが、「北陸193号-MP3」では、穂数の増加に伴って増加した籾が十分に稔実し、増収に繋がることも確認されました。
「北陸193号-MP3」は、地球温暖化への適応と持続可能な農業の実現に向けて大きな可能性を秘めています。高温と低肥料条件下での高収量性により、肥料価格高騰や地球温暖化といったコメ供給の不安定化が懸念される中での安定生産への貢献が期待されます。今後は、地域適応性や品質・食味などを検討し、用途に適した改良を行っていく予定です。
本成果は、変化する地球環境に適応した次世代型イネ品種の開発において、重要な一歩となります。
本研究成果は、国際科学専門誌「Field Crops Research」オンライン版(日本時間2024年9月7日)にオープンアクセスで掲載されました。
関連情報
発表論文
- 論文著者
- Toshiyuki Takai (髙井俊之), Aung Zaw Oo (アウン・ゾー・ウー), Takanori Okamoto (岡本卓哲), Hiroshi Nakano (中野洋)
- 論文タイトル
- MP3, a quantitative trait locus for increased panicle number, improves rice yield potential in Japan by connecting with high source and translocation traits
- 雑誌
- Field Crops Research
DOI: https://doi.org/10.1016/j.fcr.2024.109566
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山修
- 研究推進責任者:
- プログラムディレクター 藤田泰成
- 研究担当者:
- 生産環境・畜産領域 髙井俊之
生産環境・畜産領域 アウン・ゾー・ウー - 広報担当者:
- 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail : koho-jircas@ml.affrc.go.jp
農研機構
- 研究担当者:
- 農研機構 中日本農業研究センター 中野洋
- 広報担当者:
- 農研機構 中日本農業研究センター 研究推進室 広報チーム長 田口和代
お問い合わせフォーム : https://www.naro.go.jp/laboratory/carc/inquiry/index.html
研究の背景
研究の経緯
国際農研では、これまでにイネ品種「コシヒカリ」からインド型イネの穂数を増加させる遺伝子MP3を同定しました (令和5年3月31日プレスリリース)。日本のインド型多収品種「タカナリ」にMP3を交配により導入した結果、穂数および籾数が約20%増加し、高CO2環境下で約6%の増収を達成しました。しかし、自然大気CO2環境では増収が見られず、その要因として「タカナリ」の光合成能力不足が考えられました。
一方、国内最多収記録(精玄米収量で10アール当たり1.3トン)を持つインド型品種「北陸193号」は、成熟期でも光合成能力に余力があることが示唆されており、MP3の導入による更なる増収の可能性が期待されました。また、インド型イネは熱帯地域で広く栽培されているため、熱帯品種に対するMP3の効果検証も必要とされました。そこで、国際農研は農研機構と共同で、MP3を「北陸193号」および熱帯多収品種「IR64」に導入するとともに、これらの系統について、高温環境下において施肥試験を行い、高温環境下や低肥料条件下でも極めて高い収量が得られる新系統の開発を目指しました。
研究の内容・意義
- 「コシヒカリ」に「IR64」および「北陸193号」を複数回戻し交配し、後代を選抜した結果、MP3領域が「コシヒカリ」由来の「IR64-MP3」と「北陸193号-MP3」を開発しました (図1A)。
- 登熟期間中に最高気温が35℃を超える猛暑環境下で、新開発の「北陸193号-MP3」は親品種「北陸193号」と比較して、より豊かな実りを示しました (図1B)。一方、「IR64-MP3」は親品種「IR64」と同程度の実りにとどまりました。
- 栽培試験の結果、窒素施肥の有無にかかわらず、MP3遺伝子を導入した「IR64-MP3」と「北陸193号-MP3」の穂数は、親品種と比較して、それぞれ22%と21~28%増加しました (図2A)。さらに、「北陸193号-MP3」の精玄米収量は「北陸193号」と比較して、窒素施肥 (8kg/10a) では、770kg/10aから825kg/10aへ約7%増加、窒素無施肥区でも608kg/10aから660kg/10aへ約9%増加しました (図2B)。なお、「IR64-MP3」と「IR64」の間では精玄米収量に顕著な差は観察されませんでした。
- 一穂内の籾重調査により、「北陸193号」と「北陸193号-MP3」は、籾重6mg以下のしいな (空籾) の割合が共に約11%であったことから、「北陸193号-MP3」では穂数増加に伴う籾の稔実率の低下が無いことが確認されました (図3)。一方、「IR64-MP3」のしいなは26%であり、「IR64」の22%よりも稔実が悪くなりました。
- これらの結果から、「北陸193号-MP3」は高温環境下でも収量性が向上し、増加した籾を十分に稔実させる能力を持つことが示されました。一方、「IR64-MP3」では収量向上効果が限定的であることが判明しました。
今後の予定・期待
本研究で開発した「北陸193号-MP3」は、窒素肥料の施用を抑えつつ収量向上が見込まれるため、持続可能な稲作への貢献が期待されます。また、高温条件下でも一定の効果を示すことから、地球温暖化への適応を目指した次世代型イネ品種としての活用も想定されます。しかし、飼料や加工用途のイネを基 (親) に育成したことから、地域適用性や食味、高温環境下での品質などの検討や改良が必要です。
そのため、今後は「北陸193号-MP3」の様々な地域での栽培試験と、実用化に向けた更なる改良を進め、その潜在能力を最大限に引き出し、持続可能な稲作の実現を目指します。また、更なるイネの収量性向上に向けた育種母本としての活用も検討しています。
用語の解説
- 1) インド型イネ
- イネ (アジアイネ ; Oryza sativa) は、大きくインド型、日本型の2つの亜種に分類されます。インド型は高温多湿な地域での栽培に適しており、インド・東南アジア・中国南部などが主な産地です。日本型は比較的寒冷な気候に強く、日本、朝鮮半島、中国北部などで主に栽培されています。
- 2) 遺伝子MP3
- イネの穂数を増加させる効果を持つ遺伝子です。「コシヒカリ」から同定され、インド型品種に導入すると穂数と籾数が約20%増加します。
- 3) 北陸193号
- 収量性の向上を目標として、韓国品種から育成したインド型多収系統と中国のインド型多収品種の交配後代から育成されたインド型の極多収品種です。玄米収量が多く、飼料用等の新規需要米としての利用が進められています。
育成 : 農研機構、登録番号 : 19051、登録日 : 2010年2月19日。
https://www.naro.go.jp/collab/breed/0100/0107/001607.html
図1 MP3が導入された新系統と親品種の成熟期の草姿比較
イネの12本ある染色体の中で、3番目に位置するMP3が「コシヒカリ」由来となった新系統「IR64-MP3」と「北陸193号-MP3」を開発しました (A)。「北陸193号-MP3 」は親品種「北陸193号」よりも穂がたわわに実っていることが分かります (B) (令和6年9月撮影、場所は、国際農研八幡台圃場)。
図2 窒素施用・無施用ごとの4品種・系統の穂数 (A) と精玄米収量 (B) の比較
窒素施肥の有無にかかわらず「IR64-MP3」と「北陸193号-MP3」は親品種よりも穂数が20%程度増加、1.75mmの篩目で選別した精玄米収量は「北陸193号-MP3」のみ7~9%増加しました。棒グラフ上のアルファベットが異なる場合、有意水準5%で品種・系統間に差があることを示します。
図3 窒素施用区における4品種・系統の一穂内の籾重分布の比較
籾重6mg以下の空籾の割合が「IR64-MP3」は「IR64」よりも悪くなっていますが (22% vs 26%)、「北陸193号-MP3」は「北陸193号」と同程度 (11%) でした。