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988.日本の桜開花と季節学

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988.日本の桜開花と季節学

 

今年、東京の桜の開花は、気温や日照の経過が影響し、昨年と比べて2週間以上遅く、平年の開花日(3月24日)よりも5日遅い3月29日でした。

季節学(Phenology)は季節の循環とその変動と、それによって植物や動物が生きるために作る周期が季節と経年の気候の変化でどのように影響されるかを研究する学問で、気候変動の動植物への影響を分析するために近年注目度が高まっています。そんな季節学においても、広範な緯度にまたがり様々な環境条件を持つ日本における桜の開花時期の研究は、長期での気候変動の影響を調べる最も信頼される情報源の一つともいわれています。

日本の桜開花についてまとめた研究によると、京都の桜祭りに関する古日記や年代記における記録は9世紀にさかのぼり、過去の気象についての情報を復元し、地球温暖化と都市化に伴う地域的な気温上昇傾向のエビデンスを示す恐らく世界で最も長期の季節学の記録とされています。京都の記録は、1200年前に比べて現在の桜がずっと早く開花するようになったことを示しており、大阪周辺の桜の木の位置情報は郊外にくらべ都心部での開花が早いことを示しているそうです。また、高尾山の庭園での定点観測からは、早期開花の気温変動への適応の品種間差が示唆されました。 

 

一方、今年のように異常な暖冬にくわえ日々の気温変動が大きい気象条件が常態化すると、桜の開花予測も難しくなっていくかもしれません。桜の花芽は、開花前年の夏にはできていますが、休眠状態に入って年を越し、充分に低温刺激を受けた後に気温がぐっと高まった段階で休眠から目覚めるそうです。このメカニズムに基づき、気象情報会社などは、東京・靖国神社にある桜の標本木について2月1日を「休眠打破の日」と起算点に設定し、以降の日最高気温の合計が600℃に達する日を開花日として予測してきました。しかし今年は2月中旬まで記録的な暖冬であったのに対し、3月に入り冬の寒さを感じる日や雨天が続く一方、3月下旬に積算温度が700℃を超えた後でも開花が観測されませんでした。日本気象協会によると、今期は11月から1月にかけての気温が高かったため、休眠打破の時期が数日から10日程度遅れた見込みです。

 

桜などの植物は単に春の気温の上昇に反応するのではなく、一定程度の冬の寒さがないと開花スイッチが入らないように、開花のメカニズムだけをとっても単純ではありません。変わりゆく気候への動植物の適応も複雑化していく可能性があります。気候変動により異常気象が激化していくことが予想されるなか、動植物の気候適応メカニズムについて、より詳しく研究していく必要がありそうです。

 

(参考文献)

Richard B. Primack, Hiroyoshi Higuchi, Abraham J. Miller-Rushing (2009)  The impact of climate change on cherry trees and other species in Japan, Biological Conservation, Volume 142, Issue 9, https://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0006320709001517

Yasuyuki Aono, Keiko Kazui (2007) Phenological data series of cherry tree flowering in Kyoto, Japan, and its application to reconstruction of springtime temperatures since the 9th century. International Journal of Climatology. https://doi.org/10.1002/joc.1594


(文責:情報プログラム 飯山みゆき)
 

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