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818. フィチン酸が多いイネ種子を使うことで、初期生育を改善できる

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818. フィチン酸が多いイネ種子を使うことで、初期生育を改善できる

 

窒素、カリウムとともに、リンは作物の生育に欠かせない三大栄養素です。そのため、肥料によるリンの補給は現代農業の1つの柱となっています。しかし近年、ウクライナ情勢やコロナ感染症の影響に加えて、肥料の原材料となるリン鉱石の枯渇が懸念されており、リン肥料の価格高騰が続いています。国際農研が研究対象とする熱帯の開発途上地域では、リンが不足する風化土壌が広がっていますが、経済的な理由から十分なリン肥料を購入・使用することができません。そのため、国際農研ではリン欠乏を克服するための様々な研究に取り組んできました。

フィチン酸とは、イノシトールに6個のリン酸基が結合した物質です。子実の果皮に蓄積しており、種子におけるリンの貯蔵庫としての役割を果たします。植物が吸収したリンの大半は、最終的に種子に転流され、フィチン酸として次世代に受け渡されます。フィチン酸には鉄や亜鉛などとキレート結合するという特徴があり、ヒトの消化器官では分解することができません。そのため、一般的にフィチン酸はミネラル吸収を阻害する非栄養因子とされてきました。また畜産では、家畜飼料に含まれるフィチン酸がそのまま分解されずに排泄されることで、河川や湖での富栄養化を引き起こすことも知られています。さらにリンの貯蔵物質であるフィチン酸量が多くなれば、多量のリン施肥が必要となってしまいます。

このような問題を解決するために、これまで穀類子実のフィチン酸を減らすための研究がおこなわれてきました。しかし、作物生産という観点から、種子のフィチン酸は作物が生育する上でリンの供給源となるので、フィチン酸が減れば、作物の生育に少なからず影響を与えるはずです。そこで国際農研では、イネ種子のフィチン酸量が生育に及ぼす影響について調査を行ないました。2023年にPhysiologia Planatarumに掲載された論文「Seed phytic acid concentration affects rice seedling vigor irrespective of soil phosphorus bioavailability(種子のフィチン酸量は、土壌中のリンの多寡にかかわらず、イネの初期生育に影響を及ぼす)」では、フィチン酸量が異なる種子を用いて、イネの初期生育を調査した結果、リンが欠乏する土壌だけでなく、リンが豊富に存在する土壌においても、フィチン酸量が多い種子を使うことで、イネの初期生育を改善できることを明らかにしました。

リンが不足する熱帯土壌では、イネ種子のフィチン酸量は少ないことが予想されます。本研究の結果は、リン肥培管理を通じて種子のフィチン酸量を増加させるだけで、熱帯での作物生産を改善できる可能性を示唆しています。


(アイキャッチ写真説明)
土壌中のリン濃度が低い条件下での黒米の苗の成長。 左: 種子中のフィチン酸濃度が低いイネ、中: 種子中のフィチン酸濃度が中程度のイネ、右: 種子中のフィチン酸濃度が高いイネ。 (写真Aung Zaw Oo)


(参考文献)
Aung Zaw Oo et al. (2023) Seed phytic acid concentration affects rice seedling vigor irrespective of soil phosphorus bioavailability. Physiologia Planatarum 175:  e13913.

(文責:生産環境・畜産領域 浅井英利、Aung Zaw Oo)
 

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