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787. ゲノム編集でリン欠乏条件での収量性が向上したイネを作出

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787. ゲノム編集でリン欠乏条件での収量性が向上したイネを作出

分げつはイネの枝分かれのことで、草型や収量を決定する重要な形質です。分げつの数はそれぞれのイネ品種が持っている遺伝子および環境要因により決まります。多くの遺伝子が分げつ数の決定に関与しており、中でもイネTEOSINTE BRANCHED1(以下OsTB1)は分げつ伸張を抑制する重要な遺伝子として知られています。一方、分げつ数に関与する重要な環境要因の一つとして、土壌栄養素であるリンが挙げられます。リン欠乏条件で育てられたイネは分げつ数が著しく抑制されるため、リン欠乏土壌が広く分布するサハラ以南のアフリカ(サブサハラアフリカ)におけるイネ生産の大きな制約となっています。

国際農研では、ゲノム編集の手法であるCRISPR/Cas9システムを用いて、マダガスカルの主要品種であるX265のOsTB1遺伝子を改変した変異体を二種類作出しました(Ishizaki et al. 2023)。一つはフレームシフト変異体(1塩基挿入)、もう一つはインフレーム変異体(30塩基欠損)です(注)。栄養素に富む土で栽培し、最高分げつ期における分げつ数を調べたところ、原品種のX265は約18本、フレームシフト変異体は約62本、インフレーム変異体は約22本でした。このことは、OsTB1遺伝子はフレームシフト変異により分げつ抑制の機能を喪失する一方、インフレーム変異により分げつ抑制の機能が弱化することを意味します。これらの変異体を低リン条件下で栽培したところ、フレームシフト変異体はX265に比べて分げつが約5倍に増加しましたが、千粒重および登熟歩合が著しく低下したことから、収量は増加しませんでした。一方、インフレーム変異体の分げつ数はX265の約1.4倍であり、若干の千粒重の低下は認められたものの登熟歩合はX265と同等であり、収量は38%増加しました。このように、私たちはOsTB1のインフレーム変異による分げつ数のマイルドな増加が低リン条件下における収量の向上に寄与する可能性を示しました。

最近、国際農研、農研機構、名古屋大学、横浜市立大学、理化学研究所、明治大学、かずさDNA研究所の共同研究グループは、高CO2環境でイネを増収させるコシヒカリ由来の遺伝子MORE PANICLES 3(以下MP3)の発見についてプレスリリースを行いました(Takai et al. 2023)。MP3遺伝子はOsTB1遺伝子の一つのアレル(対立遺伝子:ゲノムの同じ位置にある異なる種類の遺伝子)であり、ゲノム編集により作出したインフレーム変異体と同様、分げつ数をマイルドに増加させる効果を持ちます。インフレーム変異型OsTB1遺伝子およびMP3遺伝子は、サブサハラアフリカなど肥料や土壌からのリン供給が乏しい地域でのイネの生産性向上ならびに高CO2環境でのイネの増収に貢献する可能性があると私たちは考えています。

 

(注)DNAの配列のことを一般に塩基配列と呼び、塩基3つ分で1つのアミノ酸に対応しています。フレームシフト変異とは、3の倍数でない塩基の挿入や欠損によって、アミノ酸のコードを読む枠組みがずれてしまう変異で、全く異なるアミノ酸配列の異常なタンパク質がつくられます。一方、インフレーム変異では、変異の起こる塩基数が3の倍数であるため、アミノ酸をコードする3つ組みの読み枠がずれないため、変異がない部分については、もとのタンパク質と同じアミノ酸配列のタンパク質が作られます。

 

(参考文献)
Ishizaki, T., Ueda, Y., Takai, T., Maruyama, K., Tsujimoto, Y. (2023) In-frame mutation in rice TEOSINTE BRANCHED1 (OsTB1) improves productivity under phosphorus deficiency. Plant Science, https://doi.org/10.1016/j.plantsci.2023.111627

Takai, T., Taniguchi, Y., Takahashi, M., Nagasaki, H., Yamamoto, E., Hirose, S., Hara, N., Akashi, H., Ito, J., Arai-Sanoh, Y., Hori, K., Fukuoka, S., Sakai, H., Tokida, T., Usui, Y., Nakamura, H., Kawamura, K., Asai, H., Ishizaki, T., Maruyama, K., Mochida, K., Kobayashi, N., Kondo, M., Tsuji, H., Tsujimoto, Y., Hasegawa, T., Uga, Y. (2023) MORE PANICLES 3, a natural allele of OsTB1/FC1, impacts rice yield in paddy fields at elevated CO2 levels. The Plant Journal, https://doi.org/10.1111/tpj.16143

(関連するページ)
プレスリリース:高CO2環境でイネを増収させる「コシヒカリ」由来の遺伝子を発見―気候変動下での持続可能な稲作に貢献―https://www.jircas.go.jp/ja/release/2022/press202225

 

(文責:熱帯・島嶼研究拠点 石崎 琢磨、生産環境・畜産領域 辻本 泰弘・高井 俊之・植田 佳明、生物資源・利用領域 圓山 恭之進、食料プログラム 中島一雄)


 

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