研究成果

イネにリン酸への欠乏耐性をもたらす遺伝子とその機能を世界で初めて解明
-リン酸欠乏により生産が制約されている途上国でのコメの生産性向上に貢献-

発表日:平成24年8月24日

ポイント

  • 低リン酸土壌でも生育が可能な在来インド型イネから、リン酸欠乏に対する耐性をもたらす遺伝子(PSTOL1)と、その機能を世界で初めて明らかにしました。
  • この遺伝子を活用して、リン酸欠乏耐性イネの育成が行われています。
  • 土壌中のリン酸欠乏により生産が制約される途上国でのコメの生産性向上と、限りあるリン資源の使用量の削減が期待されます。

概要

    独立行政法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、国際稲研究所(IRRI)及びミラノ国立大学と共同で、リン酸欠乏に耐性を持つ在来インド型イネから、低リン酸土壌でも効率的にリン酸吸収量を増大させる遺伝子(PSTOL1)を同定し、その機能を明らかにしました。
    PSTOL1は、イネの根数を増加させ、一株あたりの根の表面積を増やすことによってリン酸吸収量を増やします。その結果、イネのリン酸吸収量が50%増加し、特に低リン酸土壌ではリン酸吸収量の増大が、イネの収量の増大にも結びつきました。
    PSTOL1は、根の形成に関与する酵素の合成を司ると推定されました。
    この成果は平成24年8月23日付け英科学誌「ネイチャー」(オンライン版)に掲載されました。

発表論文

R Gamuyao, JH Chin, J Pariasca-Tanaka, P Pesaresi, S Catausan,C Dalid, I Slamet-Loedin, EM Tecson-Mendoza, M Wissuwa, S Heuer (2012) The protein kinase Pstol1 from traditional rice confers tolerance of phosphorus deficiencyNature 488, 535–539 DOI: 10.1038/nature11346

問い合わせ先

独立行政法人国際農林水産業研究センター(茨城県つくば市)理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 加納健        
研究担当者:生産環境・畜産領域 マティアス ビスバ     
広報担当者:情報広報室長 大浦正伸  

研究の背景

    リン酸は全ての作物における必須要素であり、肥料の三大要素の一つですが、リン資源は世界の限られた地域にしか分布していません。作物が使用できるリン酸含量の低い土壌が広く分布するアフリカ、アジア等の途上国では、食料増産の制限因子としてリン酸欠乏が問題になる場合があります。近年はリン酸を含む肥料価格が高騰しているため、施肥による解決だけではなく、土壌中のリン酸を効率的に吸収させ作物収量を高めることが重要になっています。
特に、世界人口の半分以上が主食としているイネでは、低リン酸土壌でもリン酸を吸収する在来インド型イネが見いだされており、これを使った問題解決が待望されていました(図1)。

図1 アジアにおける問題土壌の分布
図1 アジアにおける問題土壌の分布 リン酸欠乏の土壌は、アジア・アフリカに広く分布しています。リン酸欠乏耐性遺伝子(PSTOL1)は、このような土壌に適応した在来インド型品種から見つけられました。

 研究の経緯

    低リン酸土壌でも生育できる在来インド型イネに、Pup1というリン酸吸収を増大させる遺伝子座(染色体領域)1)が2002年に発見され、この発見には、低リン酸土壌に悩む途上国から大きな期待が寄せられています。しかし、効率的に遺伝子を活用するためには、その遺伝子座の中のどの遺伝子がリン酸の吸収を増大させるのか、詳細な検討が必要でした。

研究の内容・意義

    研究グループは、2005年から、4つまでに絞り込まれた候補遺伝子を検証するため、それぞれの遺伝子を導入したイネの特性検定を共同で実施しました。その結果、Pup1遺伝子座にありリン酸の吸収を増大させる遺伝子としてPSTOL1(リン酸欠乏耐性遺伝子)を特定しました。この遺伝子を、アジアの代表的品種であるIR64(インド型)と日本晴(日本型)に導入し、リン酸吸収に関わる特性である、根長と根重、リン酸吸収量、収穫粒重を調べた結果、これらが、両品種において有意に上昇することが分かりました(図2)。また、この遺伝子の働く部位を観察した結果、冠根2)の発生する部位で働くことが判明しました。さらに、この遺伝子の作用機構を調べた結果、この遺伝子は根の形成に関与する酵素の合成を制御しており、最終的に冠根の発生を促すことが推測されました。

図2 インド型品種IR64におけるPSTOL1の効果
図2 インド型品種IR64におけるPSTOL1の効果 インド型イネ品種IR64に、リン酸欠乏耐性遺伝子(PSTOL1)を交配育種により導入した系統では、低リン酸条件下でも根の生育が促進され(左写真)、リン酸の吸収が促進されました。

 今後の予定

今回解明されたリン酸欠乏耐性遺伝子(PSTOL1)は、DNAマーカー育種3)により、既存品種に導入することが可能です。JIRCASとIRRI、さらにはアフリカの稲作振興を目指す国際研究機関であるアフリカ稲センター(AfricaRice)では、アジア・アフリカ等の低リン酸土壌で耐性を発揮できるイネ品種の育成に着手しています。新たな品種開発によってリン酸欠乏の問題土壌条件下でも収量を大幅に向上できる可能性が示され、これら地域における貧困対策にとって大きな意義を持つことが期待されます。

用語の解説
  1. 遺伝子座(染色体領域)
    遺伝情報を担う生体物質である染色体のうち、ある機能を持った遺伝子を含む領域。Pup1遺伝子座は、イネの第12番染色体上に位置しており、リン酸吸収を増大させる機能を他のイネに効率よく導入するためには、その機能を司る遺伝子の特定が必要でした。
  2. 冠根
    イネの地上部と根の境目の節などから出る根のこと。冠のように放射状に生えるので、冠根と言われます。冠根には、植物体を支える働きの他に、水や養分の吸収をする働きがあり、PSTOL1遺伝子により発生が促進され、根の表面積を増大させます。
  3. DNAマーカー育種
    有用遺伝子のゲノム上の存在位置の目印となるDNA配列がDNAマーカーであり、その目印を利用した交配育種をDNAマーカー育種という。PSTOL1遺伝子が特定されたことにより、本遺伝子を交配により目的の品種に導入し、リン酸欠乏耐性を持たせることが可能となりました。

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