研究成果
熱帯アジアの稲の収量を増加する遺伝子を発見 -DNAマーカー育種によりインド型品種の増収が可能に-
発表日:平成25年12月2日
ポイント
- 大きな穂を持つインドネシアの在来イネから、熱帯イネ品種の収量を13-36%増加させる遺伝子(SPIKE)を世界で初めて明らかにしました。
- この遺伝子を識別できるDNAマーカーを用いた効率的な選抜で、交配育種によりインド型品種の収量性を向上させることができます。
- 東南・南アジアなどインド型品種を栽培している熱帯の開発途上地域での食料安定供給に貢献することが期待されます。
概要
独立行政法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)は、国際稲研究所(IRRI)、農研機構作物研究所及び首都大学東京と共同で、インド型品種の遺伝的背景で収量を増大させる遺伝子(SPIKE)を発見し、その効果を明らかにしました。SPIKEは、大きな穂を持つインドネシアの熱帯日本型在来イネに由来し、葉や根、一穂籾数などの形態を改善し、玄米の外観品質を低下させることなくインド型品種のIR64やIRRI146の収量を約20%増加させます。この成果は平成25年12月2日付けの世界トップクラス科学誌「PNAS(米国科学アカデミー紀要)」(オンライン版)に掲載されました。
予算:農林水産省拠出金、交付金、日本学術振興会特別研究員奨励費
発表論文
D Fujita, KR Trijatmiko, AG Tagle, MV Sapasap, Y Koide, K Sasaki, N Tsakirpaloglou, RB Gannaban, T Nishimura, S Yanagihara, Y Fukuta, T Koshiba, IH Slamet-Loedin, T Ishimaru, N Kobayashi (2013) NAL1 allele from a rice landrace greatly increases yield in modern indica cultivars, PNAS DOI: 10.1073/pnas.1310790110
問い合わせ先
- 独立行政法人国際農林水産業研究センター(茨城県つくば市)理事長 岩永勝
- 研究推進責任者:プログラムディレクター 川島知之
- 研究担当者:生物資源・利用領域 石丸努
- 広報担当者:企画調整部情報広報室長 伊賀啓文
研究の背景
世界人口の半分以上がコメを主食としており、中でも東南・南アジアやアフリカなどの地域ではインド型品種を主に栽培しています。これらの地域では、経済発展や人口増加などにより、ますますコメの消費量が増えると考えられ、2035年までに26%のコメの増産が必要だとされています。
コメの生産量は、1960年代に起こったいわゆる「緑の革命」において、耐倒伏性の近代品種開発などにより飛躍的に増加しました。その後も品種改良が進められ収量は漸増していましたが、近年は伸び悩んでおり、さらなる増加が喫緊の課題となっています。
研究の経緯
1990年代に国際稲研究所(IRRI)では、大きな穂を持つインドネシアの熱帯日本型在来品種を活用し、草型を改良することによるインド型近代品種の収量増加を目標としてNew Plant Type(NPT)と呼ばれる品種開発が行われました。育成されたNPT品種は、草型は改良されたものの、収量増加には至りませんでした。このNPT品種を活用して、1990年代半ばから日本政府拠出金によって実施されたIRRI日本共同研究プロジェクトにおいて、熱帯で広く普及しているインド型近代品種IR64の改良が試みられました。
そこで開発された育種素材を用いて、NPT品種に由来するqTSN4という一穂当たり籾数を増大させる遺伝子座(染色体領域)2)を発見しました(2012年に公表)。しかし、品種開発に効率的に利用するためには、どの遺伝子が籾数を増加させるのか、籾数の増加が収量増加に繋がるのかどうか、詳細な検討が必要でした。
研究の内容・意義
研究グループがqTSN4の遺伝子座を詳細に解析したところ、一穂籾数や葉の幅を増加させる遺伝子としてSPIKEが特定されました。交配育種によりこのSPIKE遺伝子が導入されたインド型品種IR64では、一穂籾数が増加し、葉の幅が大きくなることが確認されました(図1)。その他、根重、穂首の太さや維管束数が増大し、玄米の外観品質は向上していることが分かり、育成した系統をIRRIの圃場(フィリピン)で雨季・乾季それぞれ2回ずつ栽培試験に供したところ、収量が13~36%増加していました(図2)。
また、DNAマーカー育種1)によってこの遺伝子が導入されたIRRI146(IR64よりも多収のインド型品種)では、一穂籾数や葉の幅において同様の効果が見られ、収量が18%増加しました(図3)。さらに、DNAマーカー育種によりSPIKE が導入された東南 ・ 南アジアのインド型品種5品種(PSBRc18,TDK1,Ciherang,Swarna,BR11)では、すべての品種で一穂籾数の増加が確認されました(図4)。このようにSPIKEはイネの様々な形態的特徴を改善することで収量を向上させ、これらの主力品種で収量増加の効果が発揮される可能性が示されました。
今後の予定
今回解明された収量性向上遺伝子(SPIKE)は、DNAマーカー育種により、既存品種に導入することが可能です。 JIRCASではIRRIと共同で、アジア・アフリカの普及品種の更なる改良に、また農研機構作物研究所では日本の飼料稲品種の改良に着手しています。このSPIKEの導入によってより多収の品種を開発できる可能性があり、世界規模での食料安全保障にとって大きな意義を持つことが期待されます。
用語の解説
- DNAマーカー育種
有用遺伝子のゲノム上の存在位置の目印となるDNA配列がDNAマーカーであり、その目印を利用した交配育種をDNAマーカー育種といいます。SPIKE遺伝子が特定されたことにより、本遺伝子を交配により目的の品種に導入し、1穂籾数などを向上させることが可能となりました。 - 遺伝子座(染色体領域)
遺伝情報を担う生体物質である染色体のうち、ある機能を持った遺伝子を含む領域。qTSN4遺伝子座は、イネの第4番染色体上に位置しており、収量を増加させる機能を他のイネに効率よく導入するためには、その機能を司る遺伝子(SPIKE)の特定が必要でした。