ゲノム編集でOsTB1遺伝子の機能を弱めたイネはリン欠乏条件での収量性が高い
背景・ねらい
分げつはイネの草型や収量を決定する重要な形質である。多くの遺伝子が分げつ数の決定に関与しており、中でもイネのTEOSINTE BRANCHED1 (OsTB1) は分げつ伸張を抑制する重要な遺伝子として知られている。一方、分げつ数に関与する重要な環境要因の一つとして、土壌栄養素であるリンが挙げられる。リン欠乏によるイネの分げつ発生の抑制は、リン欠乏土壌が広く分布するサブサハラアフリカにおいて、イネ生産の大きな制約となっている。本研究ではOsTB1遺伝子を標的としたゲノム編集をCRISPR/Cas9システムを用いて行い、マダガスカルの主要水稲品種X265の変異体を作出する。同遺伝子の機能変化がイネの分げつ性およびリン欠乏条件での生産性に及ぼす影響を明らかにする。成果の内容・特徴
- CRISPR/Cas9で作出されたOsTB1遺伝子の変異体#29418(30 bp欠失)および変異体#29430(1 bp挿入)の出穂直前の分げつ数は、それぞれ背景品種X265(WT)の1.2倍および3.4倍に増加する(図1)。この分げつ数の増加は、#29418においてはインフレーム変異*によるOsTB1の分げつ抑制機能の弱化、#29430においてはフレームシフト変異**によるOsTB1の分げつ抑制機能の喪失によるものと考えられる。
- #29418(インフレーム変異体)におけるOsTB1遺伝子の発現量はWTと同等である(図2)。一方、OsTB1の下流遺伝子の1つであるOsGT1遺伝子の発現レベルはWT、#29418、#29430(フレームシフト変異体)の順に高い(図2)。このことは、OsTB1のフレームシフト変異による機能喪失、およびインフレーム変異による機能弱化を支持する。
- リン欠乏条件における#29418の個体当たり籾収量はWTよりも多い(図3A)。その差はリン施肥量が少ないほど大きく、リン施肥量0 mg/kgの条件下での#29418の個体当たり籾収量はWTよりおよそ4割多い(図3A)。
- #29418の穂数、穎花数および稔実数はWTよりも多く、千粒重はWTよりも小さい(図3B)。稔実数の増加量は千粒重の減少に対して相殺以上の効果を持つ。一方、#29430の個体あたり稔実数は#29418と同程度でありWTより多いが、千粒重の小ささに相殺され、個体あたり籾収量はWTと同等である(図3AB)。
* インフレーム変異:3の倍数の塩基の欠失または挿入による遺伝子変異のことであり、翻訳の際、アミノ酸を指定する3塩基が構成する読み枠(リーディングフレーム)は保存されるため、タンパク質の機能がある程度維持される場合がある。
** フレームシフト変異:3の倍数以外の塩基の欠失または挿入による遺伝子変異のことであり、アミノ酸を指定する読み枠がずれるため、通常、正常なタンパク質が合成されなくなり、機能が喪失する。
成果の活用面・留意点
- OsTB1遺伝子のゲノム編集による分げつ性改変はX265以外の品種においても同様に実行できる。
- 分げつ性の改変がリン欠乏条件における収量性向上に役立つことが期待できる。
- 他の形質に関わる遺伝子を、ゲノム編集を用いて改変する場合においても、インフレーム変異により機能が弱化し、表現型がマイルドになる可能性が考えられる。
- 2023年現在、インフレーム変異を意図的に誘発することはできないため、インフレーム変異体を獲得するためには複数の変異系統を作出し、選抜する必要がある。
具体的データ
- 分類
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研究
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
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交付金 » 第5期 » 食料プログラム » アフリカ稲作システム
受託 » JST/JICA SATREPS » 肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上
- 研究期間
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2018~2022年度
- 研究担当者
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石崎 琢磨 ( 熱帯・島嶼研究拠点 )
植田 佳明 ( 生産環境・畜産領域 )
ORCID ID0000-0002-4304-368X科研費研究者番号: 70835181髙井 俊之 ( 生産環境・畜産領域 )
辻本 泰弘 ( 生産環境・畜産領域 )
科研費研究者番号: 20588511圓山 恭之進 ( 生物資源・利用領域 )
- ほか
- 発表論文等
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Ishizaki et al. (2023) Plant Science 330: 111627
- 日本語PDF
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2023_B08_ja.pdf1.02 MB
- English PDF
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2023_B08_en.pdf518.36 KB
※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。