研究成果

肥料価格高騰にともなうマダガスカル小農の貧困リスク
―国際肥料価格高騰前後の稲作農家550世帯の追跡調査から耕作面積の縮小と生活切詰めの実態を数値で把握―

令和8年9月3日
国際農研
マダガスカル国立農村開発応用研究センター (FOFIFA)

ポイント

  • 国際農研がマダガスカルにおいて継続してきた詳細な家計調査データを活用し、2020年末から2023年に生じた肥料価格高騰前後における小規模農家の耕作面積、所得構成、消費の変化を計量経済学の手法によって分析
  • 肥料価格高騰後、世帯あたりの平均耕作面積は0.75ヘクタールから0.61ヘクタールに18%減少、平均農業所得は1人1日あたり0.53ドルから0.45ドルに17%減少。
  • 肥料高騰前に1人1日あたり消費水準1) 国際貧困線2) を上回っていた世帯 (非貧困世帯) も、貧困状態になる可能性
  • エネルギー・肥料価格の高騰が続く中、サブサハラアフリカ貧困農家の生計支援に向けた、本成果の政策エビデンスとしての活用に期待

概要

国際農研は、マダガスカル国立農村開発応用研究センター (FOFIFA) と共同で、国際的な肥料価格の高騰後に、貧困と栄養問題が深刻なマダガスカルの小規模稲作農家において、耕作面積の縮小、所得構成の変化、消費水準の低下が生じたことを明らかにしました。

2020年末から2023年にかけて、エネルギー価格の上昇やロシアのウクライナ侵攻などの影響を受け、化学肥料の国際価格が高騰しました。化学肥料は世界の食料生産を支える最も重要な農業資材の一つです。化学肥料の供給不安が続けば、食料需給がひっ迫するだけではなく、生産量や収益を補うための農地拡大、すなわち環境負荷の増大も懸念されてきました。その影響は、化学肥料を輸入に依存し、多くの貧困・栄養不良人口を抱えるサブサハラアフリカ (サハラ砂漠以南のアフリカ地域) で特に深刻となる可能性が指摘されています。

しかし、これまでの研究では、食料需給モデルを用いたマクロな予測分析3) が中心であり、肥料価格高騰後に、サブサハラアフリカの小規模農家の生活が実際にどのように変化したかについては、定量的な検証が不十分でした。そこで本研究では、マダガスカルの中央高地に居住する60村落550世帯のパネルデータ4) を用いて、肥料価格高騰前と高騰後を比較し、同一世帯における耕作面積、所得構成、1人1日あたり消費水準 (以下、消費水準) の変化を分析しました。

その結果、肥料価格高騰後には、農家の平均耕作面積は約0.75ヘクタールから約0.61ヘクタールに18%減少し、作物栽培から得る所得は1人1日あたり0.53ドルから0.45ドルに17%減少しました。一方で、日雇労働などの一時的な所得が11%増加しました。貧困の指標となる消費水準は、肥料価格高騰前に国際貧困線を上回っていた非貧困世帯への影響が最も顕著でした。肥料価格高騰後、これら世帯の平均消費水準は、国際貧困線を下回りました。肥料価格高騰前から国際貧困線を下回っていた世帯、特にその下位50%では、元々の消費水準が極めて低く、肥料価格高騰後の消費水準の変化は限定的でした。

以上の結果から、本研究対象地域の農家は、肥料価格高騰後、既存研究で懸念されていた農地拡大ではなく、むしろ耕作面積を縮小したことを明らかにしました。さらに、日雇労働の拡大や、非貧困世帯における消費水準の大幅な低下など、貧困リスクがさらに高まっている状況が示されました。ただし、これらの変化には、同時期に生じた他の要因の影響も含まれている可能性があります。

本研究は、国際肥料価格の高騰後に、貧困や栄養問題が深刻な開発途上地域における耕作面積、所得構成、消費の変化を数値化することで、耕作面積や消費水準の回復に向けた早急な支援が必要であることを明らかにしました。今後、長期的な影響や支援策の有効性に関する更なる検証が求められます。

本研究成果は、国際科学専門誌「Discover Agriculture」 (オープンアクセス誌, 令和8年4月20日) に掲載されました。

関連情報

本研究の一部は、運営費交付金プロジェクト「アフリカのための稲作を中心とした持続的な食料生産システムの構築」及び 国立研究開発法人科学技術振興機構 (JST) と独立行政法人国際協力機構 (JICA) の連携事業である地球規模課題対応国際科学技術協力プログラム (SATREPS) 「肥沃度センシング技術と養分欠乏耐性系統の開発を統合したアフリカ稲作における養分利用効率の飛躍的向上」(研究代表者: 辻本泰弘) の支援を受けて行われました。

発表論文

論文著者
Ryosuke Ozaki (尾崎諒介), Yasuhiro Tsujimoto (辻本泰弘), Tsinjo Rapatsalahy Randriamanana (マダガスカル国立農村開発応用研究センター)
論文タイトル
Heterogeneous responses of smallholder farmers in the central highland of Madagascar to the global fertilizer price surge
雑誌
Discover Agriculture
DOI: https://doi.org/10.1007/s44279-026-00583-7

問い合わせ先など

国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 長谷川利拡

研究推進責任者:
プログラムディレクター 藤田泰成
研究担当者:
社会科学領域 研究員 尾崎諒介
生産環境・畜産領域 プロジェクトリーダー 辻本泰弘     
広報担当者:
広報連携ユニット長 丸井淳一朗
e-mail : info-pr@jircas.go.jp

研究の背景

本研究の対象国であるマダガスカルは、国民の約8割が農業に従事する農業国です。コメが主食であり、農家は稲作と他の作物を組み合わせた農業を行っています。同時に、マダガスカルはサブサハラアフリカの中でも貧困と栄養不良の問題が深刻な国の一つです。

多くの貧しい農家にとって肥料の購入はもともと容易ではなく、肥料は主に収穫後に販売して現金収入を得るための作物 (換金作物) に使われる一方で、コメのような自家消費用の作物への使用は限られています。

このような状況の下での肥料価格高騰は、農家の肥料購買力のさらなる低下を招くと考えられます。肥料価格高騰が農家の生計に与える影響の緩和や回復への支援策を検討するためには、実際に農家がどのように対応し、所得や消費にどのような変化が生じたのかについての検証が求められています。

研究の経緯

2020年末から2023年にかけて発生した国際肥料価格の高騰は、生産物 (コメ) 価格の上昇をともなわなかった点で、2007–2008年など過去の価格高騰時とは異なり、農家の肥料購買意欲をより低下させる特徴を有していると考えられます (図1)。こうした肥料価格高騰の影響に関して、これまでの研究は国際的な食料需給モデルを用いたマクロな予測分析が中心でした。一方で、サブサハラアフリカの小規模農家が、実際に、どのような影響を受けて、どのように対応したのかについて、世帯レベルの実証的な知見は限られていました。さらに、マクロ分析では、肥料価格高騰前の消費水準の違いによって農家の対応がどのように異なるのかを捉えることが困難でした。

国際農研はマダガスカル中央高地 (ヴァキナカラチャ県) の稲作農家を対象に2018年から2024年まで家計調査を継続し、稲作の生産性と農家の栄養状態の関係性などを明らかにしてきました。本研究ではこの家計調査データの一部を用い、同一世帯を肥料価格高騰前後で比較することで、消費水準の違いを考慮しながら、農家の耕作面積、所得構成、消費水準の変化を定量的に分析しました。

研究の内容と成果

  1. マダガスカルでは、2021年6月頃から肥料価格が高騰し始めました。窒素肥料 (尿素) の価格は2023年2月にピークを迎え、高騰前にあたる2021年2月の約3倍になりました。その間、マダガスカルのコメ価格の変化は国際価格と同様に、限定的でした (図2)。
  2. そこで、肥料価格高騰前後の期間の家計調査データを比較することで、肥料価格高騰に伴う同一世帯の耕作面積、所得構成、消費の変化を分析しました。分析は、肥料価格高騰前の消費水準が、国際貧困線を上回っていた世帯 (非貧困世帯) と下回っていた世帯の上位50% (上位貧困世帯) ならびに下位50% (下位貧困世帯) の3グループに分類して実施しました。
  3. 世帯固定効果モデル5) を用いた分析の結果、肥料価格高騰前後で、世帯あたりの平均耕作面積が18%減少していることが示されました (図3左)。
  4. 農地の減少にともない作物生産による1人あたりの所得が17%減少しました (図3右)。日雇い労働など作物生産以外の活動による所得が11%増加し、所得構成に変化が生じていることが示されました (図3右)。
  5. 肥料価格高騰前後の1人あたり消費の変化について、非貧困世帯における変化が最も大きく、同世帯では、食料品消費が13%、食料品以外の消費が40%減少しました。その結果1人あたり総消費額の推計値は平均で国際貧困線を下回る水準となりました (図4)。
  6. 下位貧困世帯では、元々の消費水準が極めて低く、肥料価格高騰前後における消費の変化は限定的でした (図4)。

今後の予定・期待

本研究により、マダガスカルの小規模農家では肥料価格高騰に伴い、農地を拡大するのではなく、耕作面積を縮小しつつ、所得面では作物栽培以外の活動による所得を増やすという短期的な行動変化があったことが明らかになりました。また、消費面では、非貧困層における顕著な減少が示され、肥料価格高騰前に貧困を脱していた世帯が再び貧困状態になる可能性が示唆されました。なお、これらの変化は、肥料高騰のみの影響として厳密に解釈することはできず、同時期に生じた他の要因の影響も含む可能性がある点に注意が必要です。

これらの成果は、国際的な肥料価格の高騰が、極度の貧困にある開発途上地域の農家の農業生産および厚生に及ぼす影響の理解を深め、幅広い農家を対象とした柔軟な支援政策の検討に貢献することが期待されます。

一方で、耕作面積の縮小による食料自給能力の低下や、消費の回復が遅れることによる貧困の拡大・深刻化など、短期的な農家の対応が中長期的に及ぼす影響も懸念されます。今後は、こうした影響について世帯レベルでさらに検証することが求められます。

用語の解説

1) 1人1日あたり消費水準
世帯全体の消費額を世帯人数で割り、さらに1日あたりに換算した指標です。家計の生活水準や貧困状態の把握のために用いられます。
2) 国際貧困線
世界銀行などが国際比較のために用いる貧困基準です。1人1日あたりの消費水準が1日3.00 PPPドル6) を下回る世帯が貧困世帯と定義されます。
3) マクロな予測分析
国や地域全体の統計データ、国際価格、貿易量、食料需給などを用いて、経済ショックが農業生産、食料価格、貧困、栄養状態などに及ぼす影響について、経済理論などに基づいて農家の行動変化を仮定しながら予測する分析手法です。
4) パネルデータ

同じ調査対象を複数の時点で継続して観察したデータのことです。

5) 世帯固定効果モデル
計量経済学の手法の一つです。同じ世帯を複数時点で比較し、世帯ごとに時間を通じて変わらない特性の影響を取り除いて、肥料高騰前後の変化を検証する手法です。
6) PPPドル
PPPは「購買力平価 (Purchasing Power Parity)」の略です。国によって物価水準が異なるため、単純な為替レートではなく、各国で同じ程度の財やサービスを購入できるように調整した金額を示します。

担当研究者の声

「村落部での調査の様子」(担当研究員は左から2番目)

社会科学領域
研究員 尾崎諒介

適切な化学肥料の利用は、農業生産性を高め、生計向上を目指す開発途上地域の農家にとって、非常に重要な手段です。しかし、価格高騰によって、貧しい農家の方々が肥料を利用することはますます難しくなっています。こうした逆風の中、農家がどのように対応し、どのような変化が起きているかを明らかにすることは、適切な支援政策を検討する上で欠かせません。本研究が、マダガスカルをはじめ、支援を必要とする人々に適切な支援を届けるための一助になることを期待しています。

図1 窒素肥料 (尿素) とコメの国際価格の推移

世界銀行Commodity Markets Outlook のデータをもとに作成しました。

図2 マダガスカルにおける窒素肥料 (尿素) とコメ価格の推移と比較期間

Bazar Madaおよびマダガスカル農業畜産省Rice Market Price Statistics for Madagascarの価格データをもとに作成しました。縦軸の単位MGAはマダガスカルの通貨アリアリ(Malagasy Ariary)を示します。参考として、2024年の為替レートは1米ドル=4,525アリアリです。

図3 肥料高騰前後における耕作面積 (左) と所得構成 (右) の変化

棒グラフは、高騰前のサンプル平均を基準に、世帯固定効果モデルの係数に基づく平均的な推定変化を反映して作成しました。図中の変化率は、棒グラフ上の高騰前後の値から算出しました。***は1%水準で統計的に有意であること、n.s.は統計的に有意でないことを示します。作物生産以外の活動は、主に日雇労働や小規模ビジネスを含み、送金や金銭的援助は含みません。

図4 消費水準別に見た肥料高騰前後の食料品・非食料品消費の変化

棒グラフは、高騰前の各消費階層別サンプル平均を基準に、世帯固定効果モデルの係数に基づくグループ別の推定変化を反映して作成しました。図中の変化率は、棒グラフ上の高騰前後の値から算出しました。***は、1%水準で統計的に有意であること、n.s.は統計的に有意でないことを示します。赤線は国際貧困線 (1人1日あたり1日3.00 PPPドル) を示します。

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