研究成果
多収で病害にも強い耐塩性ダイズ新品種を開発
―塩害農地におけるダイズの安定生産に貢献―
令和4年9月8日
国際農研
中国江蘇農業科学院・工芸作物研究所
多収で病害にも強い耐塩性ダイズ新品種を開発
―塩害農地におけるダイズの安定生産に貢献―
ポイント
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概要
国際農研では、世界の不良環境地域における農業生産の安定化を目指した研究の一環として、中国やベトナム、インドを対象に、耐塩性遺伝子を応用する作物開発を進めています。この度、国際農研が発見した遺伝子 Ncl を用いて、中国江蘇農業科学院との共同研究により、中国沿岸部の塩害地域で栽培可能なダイズの新品種「蘇豆27(sudou27)」が開発されました。
「蘇豆27」は、中国国内のダイズ需要量の高まりを受け、主に食料油の原料に利用されることを目的に開発された耐塩性ダイズ品種です。中国のダイズ中間母本2)系統を母、国際農研がブラジルのダイズ品種から見出した耐塩性遺伝子 Ncl を持つ系統を父とする人工交配で得られた雑種後代3)をもとに、中国において世代促進や優良系統選抜などを実施しました。その高い子実収量と塩害耐性、病害抵抗性により、現地の新品種審査委員会は優良性を認め、令和4年8月29日に中国で品種登録しました。
新品種育成の成功により、基礎研究の成果である耐塩性遺伝子を応用したダイズの育成に活路が開かれ、農地の塩害問題を抱える地域でのダイズ生産の安定化が期待されます。
<関連情報>
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「食料供給安定・生産向上を目指した畑作物育種技術の開発」(2014~15年度)
「不良環境に適応可能な作物開発技術の開発」(2016~20年度)
「レジリエンス強化作物とその生産技術の開発」(2021年度~) - 品種登録出願番号
- 蘇豆27(旧系統名:蘇夏HT038)
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
研究推進責任者:国際農研 プログラムディレクター 中島 一雄
研究担当者:国際農研 生物資源・利用領域 許 東河
広報担当者:国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配付しています。 |
※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
研究の経緯
世界の陸地に分布する塩類土壌面積は、約8.3億ha(FAO)と推計されており、その約53%がアジア大陸に分布しています。特に海岸沿岸部では、河口への海水遡上や地下水への塩水侵入により農地で塩害が発生し、作物の生産性は低くなります。そのため、耐塩性でありながら多収性・高品質を備えた作物品種の開発が強く求められていました。
国際農研では、これまでにブラジルのダイズ品種から耐塩性遺伝子 Ncl を見出し、Ncl 保有系統が塩害圃場でも高い子実収量を維持できることを示すとともに、その実用化に取り組んできました。
一方、中国江蘇省の黄海沿岸には、約50万haの未利用の海岸干潟地があり、1951~2020年までに約45.5万haが農地利用のために開拓されました。現地の主要作物はイネですが、中国におけるダイズのニーズは高く、輸入量は増加傾向にある中で、新たな農地でダイズが作付けられることは、日本を含む世界のダイズ需給の安定化に密接に繋がる重要な課題といえます。
このような背景のもと、国際農研は、中国江蘇農業科学院・工芸作物研究所との共同研究を行い、耐塩性遺伝子 Ncl を導入したダイズの新品種「蘇豆27」を開発しました。
新品種「蘇豆27」の特徴
- 中国のダイズ中間母本系統「1138-2」を母、耐塩性遺伝子 Ncl を持つ系統「NILs72-T」を父とする人工交配で得られた雑種後代をもとに、世代促進と優良系統選抜によって開発された品種です(写真1)。
- 中国江蘇省北部地域の主要なダイズ栽培品種で新品種審査試験の対照品種である「徐豆13(xudou13)」4)と比較して、子実収量は6.9%高く(平均収量3.14 t/ha)、種子脂質含量は1.4%高い(平均脂質含量22.4%)多収で高品質な品種です(表1)。
- 最も塩害耐性が低いとされる幼苗期において、土壌に0.70%濃度の塩化ナトリウム溶液(海水の塩濃度の約1/5)を浸して3週間正常に生育しました(写真2)。また、耐塩性評価試験の結果、「徐豆13」よりも1.8倍の耐塩性を有します(図1)。
- ダイズモザイクウイルス(Soybean Mosaic Virus:SMV)感染によるダイズモザイク病5)の抵抗性を示したので、病害抵抗性を有すると認定されました(表1)。
今後の予定・期待
耐塩性遺伝子 Ncl を導入した品種育成の成功は、塩害問題を抱える多くの地域における耐塩性品種開発の成功も予見させるものであり、国際農研は、ベトナムの研究機関との共同研究においても同遺伝子を現地のダイズ品種に導入し、既に有望育種系統を選抜しています。耐塩性ダイズ品種の開発と普及によって、塩害地域におけるダイズの生産性を安定化させることで、世界のダイズ需給の安定化への貢献が期待できます。
お問い合わせ
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お問い合わせの種類:品種、特許など知的財産について
https://www.jircas.go.jp/ja/form/inquiry
用語の解説
- 1) 耐塩性遺伝子 Ncl
ブラジルのダイズ品種「FT-Abyara」から単離された耐塩性遺伝子です。この遺伝子は、Na+とH+の交換輸送機能を有します。すなわち、 Ncl が根で高発現すると、塩ストレス条件下で、地上部でのNa+とK+の蓄積量が減少します。これまでに Ncl を導入した既存のダイズ品種は耐塩性が向上し、日本国内の塩害圃場において高い子実収量を維持できることが示されています。
【参考】平成27年度国際農林水産業研究成果情報B4:ダイズ耐塩性遺伝子 Ncl の単離とその利用による耐塩性の向上
https://www.jircas.go.jp/ja/publication/research_results/2015_b04- 2) 中間母本
有用な1以上の形質について優れた遺伝的特性を備え、その特性が持続するものであって、新品種育成のための母本として効率的に利用可能な系統をいいます(「農林水産省育成農作物の中間母本の取り扱い要領」より)。
- 3) 雑種後代
異なる品種あるいは遺伝的に異なる系統間の交配(交雑)によって得られた子孫です。
- 4) 徐豆13
江蘇省北部地域の主要なダイズ栽培品種です。江蘇省農作物品種審査委員会では、「徐豆13」をダイズ新品種審査試験の対照品種として選定しています。
- 5) ダイズモザイク病
ダイズモザイクウイルス(Soybean Mosaic Virus:SMV)などウイルスの感染による病気です。これらのウイルスに感染すると、葉にモザイク症状や縮れが生じ、収量が減少します。また、莢の茶しみ症や子実(豆)の褐斑の原因になります。中国の主要な病害です。