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1225. アフリカで農家の経営コンサルティング

1225. アフリカで農家の経営コンサルティング
突然ですが、あなたは上の写真の方をご存知でしょうか?ガーナでカカオを作っているエマニュエルさんです。誰?と言われそうですが、あなたの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合いの知り合い、かもしれません。
私たちは世界の誰とでも案外少ない知り合い(多くの場合、5人ほど)を介して繋がることができるそうで、「スモールワールド現象」などと呼ばれています。ただ、エマニュエルさんらが作ったカカオは、チョコレートとなって私たち日本人が美味しくいただいているわけですし、一方で日本人の主食である米は、その生産技術が国際協力を通じてガーナの農家にも伝わり、実はエマニュエルさんも日本の米作りを学んでいます。そう考えると、なにも知り合いを介さなくても、遠くの知らない誰かと繋がり支え合う、より小さな世界に私たちは暮らしているといえるかもしれません。
「世界は誰かの仕事でできている」ことに想像を巡らせると、何気ない日常にも感謝や感動の対象があふれているようで、平和な気分になります。でも、それがある種の平和ボケでしかない場合もありそうです。例えば、稲作の技術支援と聞けば、日本のお家芸の一つとして遠い異国の地の農業発展に貢献できる素晴らしい取り組みといった印象を持たれる方もいると思います。私もそうでした。ただ、時として現実はそう甘くありません。
かつてガーナで日本の稲作支援が行われた村々を調査したときのことです。意外にも多くの農家が日本の米作りを学んだ後すぐに止めてしまったことを知り、ショックを受けました。実はエマニュエルさんもその一人です。一体なぜなのでしょうか。彼らに言わせれば、土地を平らにし、あぜを作り、必要な時に水や肥料を入れ、丁寧に栽培管理を行う日本の稲作は、コスパ(コストパフォーマンス=費用対効果)やタイパ(タイムパフォーマンス=時間効率)がいまいちのようです。つまり、現地の伝統的な稲作に比べて生産性は高いものの、多くの支出や労力が必要で、米以外の栽培に使えるお金や時間が減ってしまうということです。彼らにとっては、米よりも儲かるカカオや、主食のトウモロコシ、キャッサバなどの生産が不可欠で、それらに影響が及ぶとなれば、たとえ米の生産性が上がっても経営全体からみると好ましい状態ではないのかもしれません。
実はガーナでみられたような現象は珍しいことではありません。アフリカでは稲作以外にもさまざまな分野で技術協力が行われており、その多くが特定の農産物の生産性や収入を上げることに成功しているのは事実です。しかし一方で、他の農産物の生産に影響が出たりして、経営全体の所得を高めることにはならず、農家の家計改善も進んでいないことが研究によって明らかになっています。アフリカの農業支援の多くは、現地の貧困削減などを目標に掲げてきたわけですから、この結果は残念でなりません。
それならいっそのこと、本来の目標から逆算(バックキャスト)してみるのはどうでしょう。例えば、フードセキュリティー(すべての人に必要な食料が行き渡ること)や貧困削減のために農家の食料自給や所得向上を目指すのであれば、それらを最も効率よく達成できる“経営のあり方”を研究すればよいのではないか。ただ、そのような試みはアフリカでは前例がありません。そこで、アフリカ向けの「経営診断技術」を新しく作ることにしました。農家から聞き取った経営に関するさまざまな情報をもとに、その農家が必要な食料を生産した上で、所得をできる限り上げるために取り入れるべき品目の組み合わせなどを特定し、それを「経営改善策」として示す。そんなイメージです。
さっそく、アフリカの国々の中でも貧困が深刻とされるモザンビークで、経営診断技術を用いて作成した経営改善策を実際に試してもらいました。すると、数多くの農家が所得を大きく増やすことに成功。しかも、増えた所得が新しい種や家畜の購入、自宅の改築、通院、ビジネスの立ち上げなど、さまざまな形で農家の生活や生計の改善に繋がったことが分かり、「これならいけるかも!」と胸が高鳴りました。とはいえ、経営診断技術を活用してもらうためには、やるべきことがまだたくさんあります。これまでの「あるある」を解決できるよう、引き続き現場の恩恵を最大限に引き出す研究に取り組んでいけたらと思います。その先に、「平和ボケ」のない小さな世界が待っている気がします。
*本記事は、広報JIRCAS記事を再掲しております。
(文責:社会科学領域 小出淳司)