研究成果

早生化により窒素利用効率と籾収量を高めたイネ系統を開発―長日条件の低〜標準窒素施肥下で原品種を上回る生産性―

令和8年4月9日
国際農研
フィリピン稲研究所

ポイント

  • 高収量インディカ品種に早生化遺伝子を導入し、中緯度・長日条件に適した早生・高収量イネ系統NR160Eを共同開発。
  • 出穂期を約8〜10日早めても登熟期の乾物生産と籾収量を維持し、窒素肥料50%削減条件でも原品種を上回る籾収量を達成。
  • 同じ窒素吸収量でより多くの籾を実らせる高い窒素利用効率を示し、窒素肥料削減と環境負荷低減に貢献する持続的稲作技術として期待。

概要

国際農研は、フィリピン稲研究所との共同研究により、高収量インディカ品種「NSIC Rc160 (NR160)」を基に、出穂期を約8〜10日早めても原品種より高い籾収量性を維持・向上させる新系統「NR160E」を開発しました。

アジアモンスーン地域の稲作では窒素肥料への依存が大きく、環境負荷の低減と収量確保の両立が課題となっています。本研究は、中緯度・長日条件下にある国際農研八幡台圃場 (茨城県つくば市) で圃場試験を行い、早生化1)したNR160Eが低〜標準施肥条件のいずれにおいても、原品種NR160より高い籾収量を示すことを明らかにしました。

試験では、窒素施肥量0、4.8、9.6 g N/m2のいずれの条件でも、NR160EがNR160より約8〜10日早く出穂しながら、高い籾収量を示しました。特に、アジアモンスーン地域の集約的稲作における一般的な窒素施肥量 (約9~14 g N/ m2) を50%削減した4.8 g N/m2条件においても、NR160Eは原品種より高い籾収量を維持しました。出穂前後の乾物生産の落ち込みが小さく登熟期の生産が維持されることに加え、千粒重 (籾1000粒あたりの重さ) や稔性の向上など複数の収量構成要素が改善されており、その結果として収穫指数 (HI)2) 生理的窒素利用効率 (PNUE)3) が高まっていることが確認されました。これらの結果から、NR160Eは長日条件の集約的水稲栽培において、窒素肥料を削減しながら籾収量の維持・向上を図るための有望な育種素材であることが示唆されました。

今後は、緯度や日長条件の違いに応じて最大限の効果を発揮する早生化遺伝子の選択や組み合わせの最適化を進める予定です。また、各地域で普及している高収量品種の遺伝的背景を活かしつつ、早生化の有効な遺伝領域を導入し、農家が受け入れやすい形で現場へ展開することで、化学肥料使用量の削減を目指す地域や政策に対して具体的な実装根拠を提供していきます。

本研究成果は、国際科学専門誌「Plant Direct」オンライン版 (日本時間2026年3月27日) にオープンアクセスで掲載されました。

関連情報

予算
本研究は、研究推進法人:生研支援センター (BRAIN) が推進する戦略的イノベーション創造プログラム (SIP) 「スマートバイオ産業・農業基盤技術」(課題推進者 : 小原実広)、及びムーンショット型農林水産研究開発事業「サイバーフィジカルシステムを利用した作物強靭化による食料リスクゼロの実現」(課題推進者 : 小原実広) (JPJ009237) の支援により行われました。

発表論文

論文著者
Kazuhiro Sasaki (佐々木和浩), Hiroki Saito (齊藤大樹), Teodora E. Mananghaya, Jonathan M. Niones, and Mitsuhiro Obara (小原実広)
論文タイトル
Development and Evaluation of an Early Heading Rice Line from the Indica High‑Yielding Variety NSIC Rc 160
雑誌
Plant Direct
DOI: https://doi.org/10.1002/pld3.70160

問い合わせ先など

国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 長谷川利拡

研究推進責任者:
プログラムディレクター 大森圭祐
研究担当者:
生物資源・利用領域  プロジェクトリーダー 小原実広
生物資源・利用領域 主任研究員 佐々木和浩
熱帯・島嶼研究拠点 主任研究員 齊藤大樹 
広報担当者:
広報連携ユニット長 丸井淳一朗
プレス用 e-mail : info-pr@jircas.go.jp

研究の背景

世界の食料需要は2010年比で2050年までに約50%増加すると予測されています。特に南アジア (バングラデシュ、インド東部、スリランカなど) ではコメが主食であり、アフリカでもコメ消費の増加が続いていることから、これら地域でのイネの安定生産は食料安全保障上の重要課題となっています。一方、アジアモンスーン地域の稲作は長年にわたり化学肥料への依存度が高く、施用された窒素のうち作物に吸収されるのは約半分にとどまります。残りの窒素は土壌中で硝酸塩として地下水に流出したり、温室効果ガスである一酸化二窒素として大気中に放出され、環境負荷の増大を招いています。

こうした状況のもと、窒素利用効率 (NUE)4) の高い品種育成や、過剰な施肥に依存しない栽培体系への転換は、アジアモンスーン地域における持続可能な稲作の実現に向けた最重要課題の一つとなっています。環境負荷を抑えつつ安定的な食料生産を確保するため、NUEの改善が強く求められています。

研究の経緯

NUEの向上には、施肥管理の改善と品種改良の両面からのアプローチが必要とされています。これまで東北大学大学院農学研究科・岩手大学農学部・国際農研による共同研究グループは、光合成機能を増強して登熟期の乾物生産を維持し、収量とNUEを高める技術 (イネの光合成機能を増強し、最大3割の増収 : 令和2年2月19日プレスリリース) を報告してきました。また、国際農研を中心とした研究では、籾粒の大型化により収穫指数 (HI) とNUEを同時に改善する育種的手法 (籾の大型化によってイネの窒素利用効率は向上する : 令和4年度研究成果情報) も示されています。

一方で、水稲では出穂前後に光合成が一時的に停滞し、乾物蓄積が抑制されることが知られています。これは葉群の過密による光遮蔽や、生殖成長期への移行に伴う生理的変化が影響しており、出穂期の光合成停滞は古くから収量形成を制限する要因とされてきました。この現象を克服することは、高収量・高効率稲作の実現に不可欠です。

近年では、登熟期の高温や乾燥など気候変動に伴うストレスを回避するための育種戦略として「早生化」が改めて注目されています。従来、早生化は生育期間の短縮により収量が低下しやすいとされ敬遠されてきましたが、近年の知見では早生化によって成熟期を短縮しつつ収量を維持する事例も報告されています。ただし、その収量維持や施肥削減効果を支える生理的・栄養的メカニズムはいまだ十分に解明されていません。

そこで本研究では、これまで明らかではなかった「早生化がNUE向上にどのように寄与するのか」という課題に着目し、早生化によって出穂前後の乾物生産の落ち込みが小さくなれば、登熟期の乾物生産と収量性が維持され、その結果としてNUEが高まると仮定して検証を行いました。こうした仮説のもと、早生化による収量性改善とNUEの向上、さらに施肥削減効果の科学的根拠を明らかにし、気候変動に対応する持続可能な稲作体系の実現に貢献することを目指しました。

研究の成果・意義

  1. 高収量品種NR160を反復親として戻し交配し、出穂期に基づく選抜とDNAマーカー選抜を組み合わせることで、インド型在来品種「カサラス」由来の染色体3上の早生化領域5)を導入した早生高収量系統NR160Eを開発しました (図1)。NR160Eは遺伝背景の大部分をNR160と共有しつつ、長日条件下で出穂期が約8〜10日早まる育種素材です。本研究の圃場試験はいずれも2023年4〜9月の栽培期間で実施しており、両系統で同じ作期条件下で早生化したNR160Eの特性を評価しました。
  2. 国際農研八幡台圃場 (つくば市) で植栽密度と窒素施肥量を組み合わせた12条件で栽培したところ、すべての条件でNR160EがNR160を上回る籾収量を示しました。特に、アジアモンスーン地域の一般的な施肥量 (約9~14 g N/m2) を模した9.6 g N/m2条件では約33%、その50%削減に相当する4.8 g N/m2条件でも約20%高い籾収量が得られ、無施肥条件でも高い生産性とHIの向上が確認されました (図2)。これらの結果は、NR160Eが低〜標準施肥条件のいずれにおいても高い収量性を発揮しうることを示しています。
  3. 籾収量の構成要素を解析した結果、NR160Eは施肥条件にかかわらず出穂期が約8〜10日早まる一方、総籾数・千粒重・稔性 (稔実率、総籾数に対する稔実籾の割合) がいずれの条件でも数%〜25%程度向上していました (表1)。収穫時の地上部バイオマスは両系統でおおむね同程度であり、無施肥及び窒素施肥量50%削減条件でもこれらの改善が見られ、早生化しながら収量性を維持・向上できることが示されました。
  4. 窒素施肥量4.8 g N/m2条件における作物成長率 (CGR)6) の推移を比較すると、NR160Eは出穂直前から登熟期にかけて乾物生産能力を維持していました (図3)。本研究で対象とした早生化系統NR160Eでは、本試験条件において出穂前後の光合成停滞が緩和されていることが示唆され、本系統に特徴的な生理応答として高収量性を支える一因と考えられます。
  5. 完熟期の吸収窒素量と籾収量の関係を解析した結果、NR160Eの収量反応の傾きはNR160より有意に大きく、同一窒素吸収量で13〜20%多い収量を生産する高い生理的窒素利用効率 (PNUE) が確認されました (図4)。これは、NR160Eが限られた窒素資源からより多くの籾を実らせる品種であることを意味します。

以上の結果から、NR160Eは長日条件に適した早生化による高収量型の有望な育種素材であり、窒素肥料使用量の削減と持続的なイネ生産に貢献する可能性が示されました。早生化によって収量性とPNUEを同時に高めうることを実証した本成果は、気候変動下での安定生産と窒素負荷低減を両立する育種戦略の一つの方向性を提示するものです。

今後の予定・期待

NR160Eが示した早生化と高収量性の効果は、長日条件下で葉群が密になり、出穂前後の光合成が停滞しやすい集約的水稲栽培で特に有効と考えられます。一方、短日条件の低緯度地域では出穂期の差が小さくなるなど効果が限定的となる可能性があるため、今後は早生化に関わる複数の遺伝領域を組み合わせ、さまざまな日長・気象条件下で安定して効果が発揮される仕組みの解明と最適化を進めます。

あわせて、各地域で普及している高収量品種を遺伝的背景として用い、そこに早生化領域を導入・選抜する育種を進めます。地域適応性や農家への受容性が高い品種に早生化を付与することで、現場条件に即した実用化を目指します。

さらに、国内外の現地圃場で多地点・多条件の実証を行い、施肥体系・栽植密度・作期などの栽培要因と早生化の効果を総合的に評価します。これらの取り組みにより、窒素肥料使用量の削減と高収量の両立を裏付ける技術的根拠を強化し、気候変動下における持続的な水稲生産体系の構築に貢献します。

用語の解説

1) 早生化
作物の生育段階が早く進み、早く成熟・収穫できるようになる性質のことを指します。出穂期 (穂が出る時期) や成熟期が早まることで、生育期間が短くなります。
2) 収穫指数 (HI : Harvest Index)
収穫時の地上部バイオマスのうち、実際に収穫される籾の重さが占める割合を示す指標です。
3) 生理的窒素利用効率 (PNUE : Physiological Nitrogen Use Efficiency)
植物が吸収した窒素1単位あたり、どれだけ効率よく収量を生み出せるかを示す指標です。吸収した窒素を収量に変換する能力を表します。
4) 窒素利用効率 (NUE : Nitrogen Use Efficiency)
投入した窒素肥料などの窒素資源を、作物がどれだけ有効に吸収し、利用できたかを表す指標です。
5) 染色体3上の早生化領域
イネの12本ある染色体のうち第3染色体上に位置し、早生化に関与する遺伝領域を指します。
6) 作物成長率 (CGR : Crop Growth Rate)
ある期間に作物がどれだけ乾物 (バイオマス) を増加させたかを、単位土地面積あたりで表した指標です。

担当研究者の声

「水田での生育観察」

生物資源・利用領域
プロジェクトリーダー 小原実広

水田でイネの生長を観察し続ける中で、出穂前後の乾物生産の落ち込みが小さいことに気づき、早生化が施肥削減にもつながる新しい可能性を感じました。
現場に役立つ技術として形にしたい、その思いで研究に 向き合ってきました。

図1 早生高収量系統NR160Eの遺伝子型と草姿の特徴

左側にはNR160Eの遺伝子型を示しています。イネの12本の染色体を縦カラムで表し、DNAマーカー解析を行った座をカラム内の横線で示しています。遺伝的背景品種NR160と同じ領域を白、早生化遺伝子の供与親「カサラス」由来の領域をオレンジで示しています。右側には登熟期の草姿を示しており、左がNR160、右がNR160Eです。NR160Eの方が先に穂が出ていることがわかります。

図2 異なる窒素施肥量条件におけるNR160とNR160Eの籾収量と収穫指数の比較

各カラムの値は平均値±標準偏差 (n=4) で示しています。窒素施肥量0、4.8、9.6 g N/m2と圃場内の各区画 (層) の組み合わせごとにNR160とNR160EをWelchのt検定で比較し、Benjamini–Hochberg法により多重比較のFDR補正 (family size=12) を行いました (*: q < 0.05、**: q < 0.01、***: q < 0.001。q値はFDR補正後のp値を示します)。NR160 を青、NR160Eをオレンジで示しています。無施肥区 (施肥窒素 0 g N/m2) は窒素肥料を施用しない区であり、土壌中には本来存在する窒素が含まれています。試験は、2023年4月から9月に国際農研八幡台圃場 (つくば市)、植栽密度18.5株/m2で実施し、すべての施肥条件においてNR160EがNR160を上回る籾収量を示しました。

表1 異なる窒素施肥量条件におけるNR160とNR160Eの到穂日数と籾収量構成要素の比較

表中の値は平均値±標準偏差 (n=4) で示しています。NR160EのNR160に対する変化量あるいは変化比率で示しました。

図3 NR160とNR160EにおけるCGRの推移

CGRは出穂期を基準とした6つの期間 (出穂期63日前~49日前、49日前~35日前、35日前~21日前、21日前~出穂期当日、出穂期当日~30日後) について評価し、平均値±標準偏差 (n=6) で示しています。NR160 を青、NR160Eをオレンジで示しています。各時点における系統間の差の検定には一元配置分散分析を用いました (*: p < 0.05、**: p < 0.01、***: p < 0.001)。

図4 NR160とNR160Eにおける吸収窒素量と籾収量の関係

イネは異なる窒素施肥量 (0、4.8、9.6 g N/m2) と植栽密度 (18.5、22.2、37.0、44.4 株/m2) を組み合わせた12条件で栽培し、各系統48データセットについて完熟期の吸収窒素量と籾収量を評価しました。両系統の回帰直線の傾きを共分散分析で比較した結果、NR160Eの傾きはNR160より有意に大きくなりました。このことから、NR160Eは同じ吸収窒素量でより多くの籾収量を生産でき、窒素に対する収量反応性が高いことが示されました。

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