研究成果
食と環境をつなぐ新しい視点:石垣島で「生産」と「消費」から窒素負荷を見える化
―島内外を含む窒素負荷を包括的に算定し、削減シナリオの効果を検証―
令和7年12月25日
国際農研
農研機構
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ポイント
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概要
国際農研と農研機構は、熱帯・亜熱帯島嶼地域のモデルとして沖縄県石垣島を対象に、生産者と消費者の行動が窒素バランスの適正化に及ぼす効果を「食の窒素フットプリント1)」により統合的に可視化しました。本研究は、地球が安全に許容できる範囲 (プラネタリー・バウンダリー) を超過しつつある窒素問題に対して、日本の島嶼地域から具体的な低減策を示すことを目的に、「食の窒素フットプリント」を用いた統合評価を行うこととしています。
窒素は作物生産に不可欠ですが、化学肥料への過度な依存により、有機資源 (堆肥など) 利用が進まず、農業由来の窒素負荷2) を高める一因となっています。また、動物性たんぱく質中心の食生活や食品ロスの増加も、食料システム全体としての窒素負荷を拡大させています。これらの課題に対し、生産と消費の両面から窒素循環を見直すことが求められています。
本研究では、農畜産業が盛んな石垣島をモデルとして、我が国における窒素低減の具体策を検討するため、「食の窒素フットプリント」を適用し、島内外の食料・飼料の流れに伴う窒素投入3) 量と窒素負荷量を定量的に把握するとともに、生産者と消費者の両面からのアプローチを組み合わせて評価しました。具体的には、生産者側では牛糞堆肥の農地還元促進、消費者側では植物性たんぱく質中心の食生活、食品ロス削減と家畜飼料への再利用 (食品残渣の家畜飼料化) といった対策を想定し、これらが島全体の窒素投入量や負荷量といった窒素バランスに与える効果を明らかにしました。
その結果、生産者側では、島内の化学肥料量・窒素負荷量をそれぞれ20%および13%削減できることが示されました。一方、消費者側では、島外地域での窒素投入量・負荷量をそれぞれ19%および31%削減できる可能性が示されました。これらにより、生産者および消費者の両者による働きかけが、島内外における窒素投入や負荷の抑制に相乗的な効果をもたらす可能性が示されました。
本研究は、「生産」と「消費」を一体的に評価した初めての試みであり、いずれか一方のみでは問題解決に十分でなく、地球規模の窒素循環の適正化に向けて両者の連携が重要であることが示されました。本研究で得られた知見は、島嶼地域から生産者と消費者の協働による具体的な解決策を提示するものであり、石垣島にとどまらず、フィリピンなど他の熱帯・亜熱帯島嶼地域への応用が可能で、持続可能な食料システムの構築を通じて、国連の持続可能な開発目標 (SDGs) への貢献が期待されます。
本研究成果は、国際科学専門誌「Environmental Research Letters」オンライン版 (2025年10月10日) にオープンアクセスで掲載されました。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「熱帯島嶼における山・里・海連環による環境保全技術の開発」
発表論文
- 論文著者
- Kosuke Hamada (濵田耕佑), Sadao Eguchi (江口定夫), Nanae Hirano (平野七恵), Kei Asada (朝田景)
- 論文タイトル
- Simultaneous production and consumer efforts reduce the nitrogen load in a Japanese island’s food system
- 雑誌
- Environmental Research Letters
DOI: https://doi.org/10.1088/1748-9326/ae0b95
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山修
- 研究推進責任者:
- プログラムディレクター 林慶一
- 研究担当者:
- 熱帯・島嶼研究拠点 濵田耕佑
- 広報担当者:
- 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail : koho-jircas@ml.affrc.go.jp
農研機構
- 研究担当者:
- 農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域
江口定夫、平野七恵、朝田景
研究の背景
作物の生育に欠かせない反応性窒素4) は、化学肥料や堆肥の形で農地に投入され、世界の食料生産を支えてきました。しかし、化学肥料への過度な依存や堆肥など有機資材の低利用は、窒素循環の不均衡を引き起こし、河川・地下水の汚染や水域の富栄養化、温室効果ガスの発生など、環境への負荷を高める要因となっています。こうした反応性窒素の増加は、すでに地球が安全に許容できる範囲 (プラネタリー・バウンダリー) を超えているとされ、気候変動や生物多様性の損失と並ぶ地球規模の重要課題として位置づけられています。同時に、食生活の変化も窒素問題を悪化させています。世界的には、これまでの穀類や豆類を中心とした植物性たんぱく質主体の食事から、肉類など動物性たんぱく質中心の食事へと変化し、食料生産に必要な窒素投入とそれに伴う窒素負荷が増大しています。加えて、食品ロスの発生は本来不要であった窒素の投入と廃棄を生み出す要因となっています。
こうした背景から、窒素に起因する環境負荷を軽減するためには、生産現場での肥料・堆肥の使い方の工夫と、消費段階での食の選択や食品ロス削減の両方を通じて、生産者と消費者の双方が窒素循環の改善に取り組むことが求められています。しかし、これらの取り組みが地域内外の窒素バランスに与える影響を包括的かつ定量的に評価した研究は限られており、島嶼地域を対象とした食と環境をつなぐ施策や現場の対策に活かしにくい状況にありました。
研究の経緯
農研機構は、令和元年9月18日のプレスリリース「食料生産~消費がもたらす窒素負荷の長期変遷」において、日本の食料消費に伴う国内外の窒素負荷 (食の窒素フットプリント) の長期変化を初めて明らかにしました。どの食品からタンパク質を摂取するか、摂り過ぎや食品ロスの有無といった食生活の違いが窒素フットプリントを左右し、窒素負荷による地球環境問題の解決には、一人一人の消費行動が重要であることを示しました。
一方、国際農研は、農研機構と連携して「食の窒素フットプリント」を活用し、熱帯・亜熱帯島嶼地域における窒素バランスの現状と改善策を明らかにする取り組みを進めてきました。令和6年3月15日のプレスリリース「食の窒素フットプリントにより熱帯島嶼の窒素負荷削減効果の可視化に成功」では、石垣島を対象に、島内で発生する最大の動物性有機資源である牛糞堆肥を農地で利用するなど生産側の工夫により、窒素負荷と化学肥料投入をどの程度削減できるかを示し、島内の資源循環を高めることで環境負荷低減に貢献できる可能性を示しました。
本研究では、これらの先行成果を踏まえ、石垣島をモデル地域として、①生産者による牛糞堆肥の農地還元促進と、②消費者による植物性たんぱく質中心の食生活への転換、食品ロス削減および残渣の家畜飼料への再利用という2つの立場からの行動を同じ枠組みの中で同時に評価しました。その上で、生産と消費の取り組みを組み合わせることが、島内外の窒素投入量および負荷量にどのように寄与し得るかを総合的に明らかにした点に新規性があります。
研究の内容・意義
- 本研究では、国際農研が令和6年に公表した「食の窒素フットプリント計算フレーム」を用いました。この手法は、畜産業から出る牛糞堆肥の窒素を耕種農業へ循環させるなど、地域内の資源循環を考慮して窒素フローを算定できる点が特長です (図1の「堆肥Nr」)。
- 石垣島の統計データを用いて、この計算法を適用した結果、島内の化学肥料量は約116万kgN、負荷量は約176万kgNであり、さらに島外 (輸入・移入した食料・飼料の生産地域) に関連する投入量は約142万kgN、負荷量は約73万kgNであることが明らかになりました (図2)。
- この現状分析を踏まえ、生産と消費の双方から窒素負荷を減らすために、①牛糞堆肥の利用拡大による化学肥料削減、②植物性たんぱく質中心の食生活の導入 (食の変化5))、③食品ロスの削減と残渣の家畜飼料への再利用など、複数の対策シナリオを設定しました。さらに、これらを組み合わせた「全シナリオ」を設定し、島内外の窒素投入・負荷の削減可能性を評価しました (図3)。
- 対策シナリオの分析では、まず生産者による牛糞堆肥の農地還元率を現状の13%から70%に引き上げた場合、島内の化学肥料量は20%、負荷量は13%削減できると推計されました (図3の「堆肥利用」)。また、牛糞堆肥の農地還元率を70%に高めた場合には、みどりの食料システム戦略で掲げられている「化学肥料使用量30%低減」という数値目標の達成にも貢献すると見込まれます。一方、消費者が植物性たんぱく質中心だった1970年の日本の食生活を取り入れ、食品ロスの削減と飼料利用などを組み合わせた複合シナリオでは、石垣島の食料システムに起因する島外地域の窒素投入量は19%、負荷量は31%削減できる可能性が示されました (図3の「食の変化+食品ロス削減」)。なお、1970年の食生活は研究担当者の過去の研究成果を参考にしています。
- これらの結果から、地域内外の食料・飼料の流れに伴う窒素循環を改善するためには、生産者の資源循環型農業と消費者の行動変容を組み合わせることが重要であることが示唆されました。本研究は、個別の分野に分断されていた「生産」と「消費」を一体的に評価した点で新規性を有し、持続可能な食料システムの設計へ具体的な指標を提示するものです。
今後の予定・期待
本研究成果は、窒素負荷の削減を目的とした生産者側の施策だけでなく、消費者の行動変容を含めて、生産と消費を一体的に評価する包括的な環境評価への応用が期待されます。反応性窒素はすでに地球のプラネタリー・バウンダリーを超えていると指摘されており、窒素バランスの適正化は、単一地域にとどまらず、輸入・移入した食料・飼料の生産地を含めた地球規模の課題であるため、生産と消費の両輪での取り組みが不可欠です。
今後は、今回検討したシナリオの経済性や実現可能性を多面的に分析し、段階的な普及計画の策定を目指すべく、低環境負荷で持続性の高い食生活モデルの提案や、有機資源の効果的な循環利用法の検討を進める予定です。また、フィリピンなど他の熱帯・亜熱帯地域への応用研究や、行政・教育・企業などとの連携を通じた普及・啓発活動も強化し、島嶼地域から地球規模の窒素バランス改善とプラネタリー・バウンダリーの回復に貢献することを目指します。
用語の解説
- 1) 食の窒素フットプリント
- 食料の生産、加工、流通、消費、ヒトの排泄の全過程から、どれ位の反応性窒素が環境中に排出されるかを表す窒素負荷の指標です。この指標は、窒素負荷の主因の特定や、改善シナリオによる窒素負荷削減効果の定量化などに活用できます。
- 2) 窒素負荷
人間活動によって環境中に放出された窒素が、河川や湖沼の富栄養化、生態系構造の変化などの環境汚染を引き起こす要因となることから、「環境への負荷」として捉えられます。本研究では、島嶼のフードシステム全体から環境中へ流出・排出される反応性窒素の総量を指し、これを環境への窒素負荷として評価しています。
- 3) 窒素投入
- 化学肥料や家畜糞尿などの形で、農地などの環境に新たに加えられる窒素の量を指します。窒素投入の量や方法を適切に管理し、必要以上に増やさないことが、結果として環境中への窒素負荷の抑制につながります。
- 4) 反応性窒素
- ほとんどの生物は、大気の78%を占める窒素分子 (N2) を利用できません。これに対し、生物が利用可能なN2以外のすべての窒素化合物に含まれる窒素のことを反応性窒素と呼びます。反応性窒素は、タンパク質、核酸、尿素、アンモニア、硝酸態窒素、一酸化二窒素 (N2O)、窒素酸化物 (NOx)、土壌有機物などに含まれており、すべての生体に必要な構成物質です。
- 5) 食の変化
- 肉類中心の食事から、穀類、豆類、魚介類などを増やした食事へと見直すなど、摂取する食品の種類や量、食べ方を変えることを指します。食の変化は、同じたんぱく質を得るために必要な窒素投入量や、それに伴う窒素負荷の大きさを左右する要因となります。
研究担当者の声
熱帯・島嶼研究拠点
研究員 濵田耕佑
令和6年のプレスリリースで、島外地域の窒素負荷に変化がなかったため、これをどうにか減らせないか考え、研究に着手しました。この結果、私たち消費者は、住んでいる場所だけではなく外の地域の窒素循環にも大きな影響を与えていることが分かりました。この成果を通して、私たち消費者が「次の世代により良い地球を残すために大きな力を持っている」と伝えることができればとても嬉しいです。
図1 食の窒素フットプリント計算フレームの概要
食の窒素フットプリントは、農畜産物の生産から消費までに発生する窒素負荷を示す指標で、図中の黒い四角の合計がその総量を表します。Nrは反応性窒素を意味し、計算では、家畜生産(b)由来の牛糞堆肥を島内の作物生産(a)へ再利用する資源循環を考慮しています。輸出・移出は石垣島から島外への食料移動を示しています。図は令和6年3月15日プレスリリースを加筆修正したものです。
図2 石垣島の食料システムの現況の窒素フロー
石垣島外の窒素投入量および負荷量は輸入・移入食料および飼料の生産に伴うものです。輸入は国外から、移入は国内の別地域からの流入を示します。ここでの窒素は、反応性窒素のみを示します。単位はkgNです。
図3 各シナリオによる島内外の窒素負荷・投入量の削減効果
各シナリオにより、現況の島内における窒素負荷・投入量 (それぞれ1,757,367 kg Nおよび化学肥料量1,155,304 kg N ; 図2) と、島外 (輸入・移入した食料・飼料の生産地域) に関連する窒素負荷・投入量 (それぞれ727,281 kg Nおよび1,419,601 kg N ; 図2) がどの程度削減されるかを示しています。
【図中の補足説明】
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棒グラフ上の%
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現況シナリオを基準とした各対策削減率
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島内 (橙色)
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石垣島内での食料生産から消費における窒素負荷量と投入量
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島外 (青色)
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島外で生産された輸入食品や飼料の生産過程での窒素負荷と投入量
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堆肥利用
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牛糞堆肥の利用拡大により化学肥料投入を削減する取り組み
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食の変化
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植物性たんぱく質中心だった1970年の日本の食生活を取り入るシナリオ
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食品ロス削減
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食品ロスの削減と残渣の家畜飼料への再利用
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食の変化+食品ロス削減
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1970年の日本の食生活、食品ロスの削減とその飼料利用
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全シナリオ
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輸入食品の見直しによる食の構成変化、食品ロス削減と残渣の飼料利用、牛糞堆肥の活用による化学肥料代替をすべて組み合わせたケース
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