研究成果

食の窒素フットプリントにより熱帯島嶼の窒素負荷削減効果の可視化に成功
―化学肥料30%低減に向けた資源循環型農畜産業のシナリオ―

関連プログラム
環境
関連プロジェクト
熱帯島嶼環境保全

令和6年3月15日
国際農
農研機

食の窒素フットプリントにより熱帯島嶼の窒素負荷削減効果の可視化に成功
―化学肥料30%低減に向けた資源循環型農畜産業のシナリオ―

ポイント

  • 食の窒素フットプリント1)を活用し、熱帯島嶼地域の窒素負荷の実態とその改善策を定量化・可視化
  • 沖縄県石垣島では、有機資源(牛糞堆肥)の利用促進により、化学肥料使用量を30%低減でき、島内で発生する窒素負荷が18%削減
  • 持続可能な開発目標(SDGs)や「みどりの食料システム戦略」の目標達成に向けた活用を期待

概要

 国際農研は、農研機構との共同研究により、食の窒素フットプリントを活用し、熱帯・亜熱帯島嶼における有機資源利用促進と化学肥料削減による食料システムから、窒素負荷削減効果の可視化に成功しました。
 昨今の化学肥料や食料・飼料の価格変動は、世界中の農業に大きな打撃を与えています。特に、その多くを輸入に依存する熱帯・亜熱帯島嶼地域では、農家経営に深刻な影響が出ています。一方、島内の食料システム由来の様々な有機資源は、窒素などの栄養分を豊富に含みますが、未利用のまま環境中への窒素負荷となる場合も多く、沿岸のサンゴ礁など海洋生態系へのダメージが懸念されています。
 本研究では、農畜産業が盛んな亜熱帯島嶼である沖縄県石垣島を対象に、島外から持ち込まれた食料・飼料(外国から輸入および本土・離島から移入)と島外に持ち出された食料(輸出および移出)を含む島の食料システム全体から、窒素負荷の実態を把握すると共に、島内で発生する最大の有機資源である牛糞堆肥を農地で利用することで、みどりの食料システム戦略の数値目標「化学肥料使用量30%低減」を達成するシナリオを検討しました。その結果、牛糞堆肥の70%を農地で利用することにより、化学肥料の使用量を30%低減しても作物生産用の窒素投入量を維持できること、その際には石垣島で発生する総窒素排出量(窒素負荷)を18%削減できることが分かりました。
 このように、食料システム由来の有機資源を農地で積極的に利用し、化学肥料を削減することは、農業生産性と環境保全の両立につながります。今回適用した食の窒素フットプリントは、他の熱帯・亜熱帯島嶼地域への応用も可能であり、昨今の化学肥料価格変動への対応に必要な施策立案だけでなく、国連の持続可能な開発目標(SDGs)や、みどりの食料システム戦略への貢献が期待できます。

 本研究成果は、「Environmental Research Letters」電子版(日本時間2023年7月11日)に掲載されました。

関連情報

予算
運営費交付金プロジェクト「熱帯島嶼における山・里・海連環による環境保全技術の開発」

発表論文

論文著者
K Hamada, S Eguchi, N Hirano, K Asada and N Oka
論文タイトル
Assessing nitrogen flow and nitrogen footprint in the food system of a subtropical island with a scenario to mitigate nitrogen load impacted by trade–dependent agriculture
雑誌
Environmental Research Letters
DOI : https://iopscience.iop.org/article/10.1088/1748-9326/acdf04

問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修

研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:
国際農研 熱帯・島嶼研究拠点 濵田 耕佑
国際農研 農村開発領域 岡 直子
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp

農研機構

研究担当者:

農業環境研究部門 土壌環境管理研究領域 江口 定夫

平野 七恵

朝田 景

広報担当者:
農業環境研究部門 研究推進部研究推進室 杉山 恵
プレス用 e-mail:niaes_kouhou@ml.affrc.go.jp

開発の社会的背景

 化学肥料および食料・飼料の国際価格は、原油価格の上昇などに伴って高騰することがあり、これらを輸入に依存する国・地域の農業や食料システムに大きな打撃を与えます。一方、作物の生育に欠かすことのできない反応性窒素2)(以降、窒素)は、化学肥料等として農地に施用されますが、農地に投入された窒素のうち、作物に吸収されない分は農地外の地下水や川、海に流出し、周辺環境に負荷を与えています。特に、貴重な海洋生態系を有する熱帯・亜熱帯島嶼地域では、過剰な化学肥料の使用により、地下水汚染やサンゴ礁損失の一因となっています。化学肥料および食料・飼料の価格変動対策や環境負荷低減のために、堆肥などその土地にある有機資源を活用する資源循環型農業が求められています。

研究の経緯

 国際農研は農研機構との共同研究として、食の窒素フットプリントを活用し、熱帯・亜熱帯島嶼における環境への窒素負荷の実態や、対策による削減効果の可視化に取り組んでいます(図1)。
 この中で、主な食料品目ごとに食の窒素フットプリント計算フレームを作成し(図2)、亜熱帯に位置する石垣島を対象に、外国から島内に輸入された食料・飼料および国内の地域間(本土や離島)で移入された食料・飼料や島外への食料の輸出および移出を考慮した食料システム全体の窒素フローと窒素負荷の現状分析、資源循環による化学肥料・窒素負荷の削減効果を定量化しました。

研究の内容・意義

  1. 作成した食の窒素フットプリント計算フレームは、従来では考慮されていなかった、耕畜連携による畜産業から耕種農業への窒素フロー(牛糞堆肥の窒素を、牧草地・飼料畑以外の耕種農業を行う農地に還元する)を考慮しており、堆肥利用率の分析や資源循環による課題解決を検討しやすくするものです(図2の「堆肥Nr」)。
  2. 構築した食の窒素フットプリント計算フレームに、石垣島の統計データ等を適用し、現在の窒素負荷量や、島内で産出される牛糞堆肥の農地還元による化学肥料と窒素負荷の削減効果を計算しました(図3)。
  3. 石垣島の現状の窒素フロー分析により、島外から流入する窒素の半分以上は化学肥料由来(図3aより、窒素投入量1,964,439 kgNに対して1,021,317 kgN)であること、一方で、牛糞堆肥の使用率は12.7%と低いことが明らかになりました。このことから、牛糞堆肥の利用促進が、化学肥料使用量削減に有効であると考えられます。
  4. みどりの食料システム戦略が掲げる数値目標「化学肥料使用量30%低減」を、島内で産出される牛糞堆肥の農地還元率を上げることのみで達成するシナリオを検討しました。この結果、シナリオの達成には、島内で産出される牛糞堆肥を70%使用する必要があり、これにより、石垣島で発生する窒素負荷を18%削減できることが分かりました(図3aの総窒素排出量1,747,206 kgNに対して図3bの1,440,811 kgN)。

今後の予定・期待

 今回構築した食の窒素フットプリント計算フレームは、地域有機資源を有効活用した環境への窒素排出削減対策の検討や、消費者・生産者・行政等に検討結果を分かりやすく示すことに活用できます。例えば、みどりの食料システム戦略で掲げられている「化学肥料使用量30%低減」を達成するためには、資源循環型農業の取り組みを地域の実情に合わせてどう進めていくべきか、消費者・生産者・行政等はそれぞれ何ができるかなど、それらの具体的な検討に活用することができます。
 今後は、この食の窒素フットプリント計算フレームを用いて、資源循環だけでなく、肥培管理など様々な技術の組み合わせによる環境負荷軽減効果や、化学肥料の削減量を検討していきます。また、日本だけでなく、フィリピンなど他の熱帯島嶼地域への応用や、消費者・生産者・行政等とのコミュニケーションツールとしての活用などを通じ、地球規模の窒素負荷・化学肥料削減に貢献していきます。

用語の解説

1) 食の窒素フットプリント

食料の生産、加工、流通、消費、ヒトの排泄の全過程から、どれ位の反応性窒素が環境中に排出されるかを表す窒素負荷の指標です。この指標は、窒素負荷の主因の特定や、改善シナリオによる窒素負荷削減効果の定量化などに活用できます(農研機構:令和元年9月18日プレスリリース)。

2) 反応性窒素

ほとんどの生物は、大気の78%を占める窒素分子(N2)を利用できません。これに対し、生物が利用可能なN2以外のすべての窒素化合物に含まれる窒素のことを反応性窒素と呼びます。反応性窒素は、タンパク質、核酸、尿素、アンモニア、硝酸態窒素、一酸化二窒素(N2O)、窒素酸化物(NOx)、土壌有機物などに含まれており、すべての生体に必要な構成物質です。

図1 石垣島を事例とした食のフットプリントの計算フレームの概念

図2 食の窒素フットプリント計算フレームの概要

食の窒素フットプリントは、農畜産物が生産されてから加工流通を経て消費者が消費する過程で、どの程度の窒素負荷が生じているかを示す指標です。本図では、黒い四角で示された窒素負荷をすべて足したものになります。また、Nrは反応性窒素を示しています。本計算では、島内での資源循環を表すために、家畜生産(b)から生み出された牛糞堆肥を島内の作物生産(a)で再利用することを新たに考慮しました。

図3 石垣島の現況と牛糞堆肥利用向上時の窒素フロー

石垣島からの窒素負荷18%軽減は、(a)の総窒素排出量1,747,206 kgNと(b)の総窒素排出量1,440,811 kgNの割合から得られます。ここで窒素は、反応性窒素のみを示します。

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