研究成果
熱帯雨林樹木の葉脈構造とその機能を解明
―葉脈構造の理解が環境適応性の高い樹種選定に貢献―
令和5年3月8日
国際農研
高知大学
マレーシア サラワク森林局
熱帯雨林樹木の葉脈構造とその機能を解明
―葉脈構造の理解が環境適応性の高い樹種選定に貢献―
ポイント
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概要
国際農研では、熱帯林樹木の環境への適応能力を評価し、植林地の環境に適した樹種の組合せにより、林業生産力と環境適応性を強化する造林技術の開発に取り組んでいます。この度、国際農研は、高知大学、マレーシア サラワク森林局と共同で、マレーシア熱帯雨林樹木の葉脈の構造が、葉の丈夫さと光合成能力に密接に関係していることを明らかにしました。
昆虫や草食性の動物等、葉を食べる植食者と光は地面から林冠2)方向に向かって増加するため、樹木は樹高とともに葉を丈夫にする必要があり、高い光合成能力を持つ方が有利になります。葉は、葉脈の周囲に透明な繊維質の組織を持ち、光に透かすと葉脈が明瞭に見える葉(異圧葉)と、この組織がなく葉脈が見えにくい葉(等圧葉)があり、樹種によって決まっています。異圧葉は、繊維質の組織を持つため丈夫でありながら、葉内に光が透過しやすく葉全体の光合成能力が高くなると考えられます。すなわち異圧葉を持つ樹木は、高い光合成と葉の防御力の両者を備えており、林冠のように明るく被食圧3)が高い環境で有利な樹木といえます。一方、等圧葉は、繊維質の組織の代わりに葉緑体を持つ細胞を隙間無く配置し、弱い光を効率的に利用できるため、森林の地表付近の暗い環境で有利になります。
環境適応性を強化する造林では、植林地の環境に適した樹種の選定が重要であり、葉脈構造の理解によって、多様な熱帯雨林樹種の中から環境に適した樹種の選定や、樹種の機能的特性を考慮した植林の実施が期待されます。
本研究の成果は、科学雑誌「Frontiers in Forests and Global Change」(日本時間2022年11月9日)に掲載されました。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「熱帯林遺伝資源の特性評価による生産力と環境適応性の強化」
発表論文
- 論文著者
- Tanaka Kenzo, Mohizah Mohamad, Tomoaki Ichie
- 論文タイトル
- Leaf toughness increases with tree height and is associated with internal leaf structure and photosynthetic traits in a tropical rain forest
- 雑誌
- Frontiers in Forests and Global Change
DOI : https://doi.org/10.3389/ffgc.2022.1002472
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
- 研究担当者:
- 国際農研 林業領域 田中 憲蔵
- 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会、高知県政記者クラブに配付しています。 |
※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。
開発の社会的背景
東南アジアの熱帯雨林は、活発な光合成によって二酸化炭素を吸収し、気候変動の緩和に役立っています。この地域では、経済発展とともに、森林の回復速度を超えた過剰な商業伐採や過度の焼畑などによって森林劣化が進んでおり、東南アジア全体で毎年70万ha以上の森林が減少しています(FAO:Global Forest Resources Assessmentsなど)。
森林資源を回復し持続的に利用していくためには、劣化した熱帯雨林への植林が急務です。劣化した森林は、強光などの環境ストレスを強く受けるため、環境に適した機能的特性を持つ樹種を植栽する必要がありますが、現地ではその特性を十分把握しないまま植林が行われており、生育不良や枯死に至る事例が増えています。また、多様な熱帯雨林の樹種特性の把握には、光合成など機能的な能力を一種ずつ検証する必要がありますが、光合成能力の測定に高価な機械が必要であることや、高所作業のため時間もかかり容易ではありませんでした。
研究の経緯
熱帯雨林では、樹高が1m程度の低木から50mを超える巨木まで、様々な樹木が共存しています(写真1左)。樹木は、高さによって風の強さや光強度などの環境ストレスと昆虫や哺乳類などの植食者の量が大きく異なるため、樹木の高さの違いで葉の丈夫さや光合成能力も大きく異なる可能性があります。
具体的には、樹木にとって葉は光合成を行う必須器官であるため、植食者や環境ストレスから葉を防御するためには、葉の細胞壁や表皮を厚く丈夫にする必要があります。しかし、これらを厚くすれば葉の内部に光や二酸化炭素が届きにくくなり、光合成機能が妨げられるというジレンマが生じます。さらに、葉の丈夫さは、落葉後の葉の分解のしやすさにも関与しているため、分解されたミネラルを樹木が再吸収する速度にも影響します。光合成と丈夫さを両立する葉の形態とその機能を明らかにすることは、森林の光合成量やミネラルの循環速度を理解する上でも重要ですが、東南アジア熱帯雨林での知見は限られていました。
そこで本研究では、マレーシア熱帯雨林樹木の葉脈に着目し、森林の上層から下層に生育する100樹種以上の葉について、光合成能力と葉の丈夫さの測定を行い、葉の形態と樹木の機能的特性(光合成能力や丈夫さ)との関係性を分析しました。
研究の内容・意義
- 採取した100樹種以上の葉脈の判定方法は、肉眼での簡易判別に加え、葉の断面を顕微鏡で観察しました。葉の丈夫さは、葉に金属の棒を押し当て貫通するのに要する力で評価しました。光合成能力は光合成測定装置を用いて、葉の二酸化炭素の吸収速度を測定することで評価しました。葉の採取などの調査には、梯子や林冠観察用のクレーンを用いました(写真1右)。
- 葉脈観察の結果、葉脈の周りに透明な繊維質組織があり、光に透かすと葉脈が明瞭に見える異圧葉を持つ樹種(59種)と繊維質組織がなく葉脈が不明瞭な等圧葉を持つ樹種(44種)の2種類に大別されました(図1)。
- 葉の丈夫さと光合成速度は、樹種に関係なく樹高とともに増加し、異圧葉の方が等圧葉に比べて丈夫で光合成も高いことが明らかになりました(図2)。さらに、フタバガキ科のような高木樹種(樹高約40m)の多くは異圧葉を持ち、アカネ科のような低木樹種(樹高約10m以下)の多くは等圧葉を持つことが分かりました。高木樹種は丈夫な異圧葉を持つことで、強風や植食者の多い環境で葉を防御し、強光環境下で高い光合成を行っていると考えられます。
- 一方、中低木樹種(樹高28m以下)では、等圧葉の光合成が異圧葉と同程度か上回ることが分かりました。等圧葉の場合、光合成能力のない繊維質組織の代わりに、葉緑体を持つ細胞を隙間なく配置して弱い光を効率よく受け止めるためと考えられます。
今後の予定・期待
熱帯雨林における葉脈構造による葉の丈夫さと光合成能力の違いが明らかになったことで、環境に適した樹種の選定への貢献や、樹種の機能的特性を理解した植林の実施が期待されます。今回得られた知見では、高い光合成能力と葉の防御力の両者を備える異圧葉を持つフタバガキ科などの樹種が、明るく被食圧が高い環境においては有利になります。一方、過度な伐採により、木材などの資源量が低下した森林内部に植栽を行う際は、森林の地表付近の暗い環境に適した等圧葉を持つ樹種が有利になります。
また、葉脈構造は葉を光に透かせば判別できるため、多様な熱帯雨林樹種の中から丈夫で被食に強い樹種や、暗い環境に強い樹種を選ぶ際の簡便な指標になる可能性があります。今後、環境適応性の高い持続的な熱帯林管理の確立のため、葉脈構造の異なる樹種を様々な環境に植林し、樹木の成長や生存がどのように異なるのかを検証する予定です。