研究成果

リン制限により熱帯林の総生産量は従来の予測より36%減少
―陸域の炭素収支モデルの予測精度向上に貢献―

関連プログラム
環境
関連プロジェクト
環境適応型林業

令和4年11月24
国際農
高知大
西シドニー大

リン制限により熱帯林の総生産量は従来の予測より36%減少
―陸域の炭素収支モデルの予測精度向上に貢献―

ポイント

  • 世界4大陸の熱帯林から得られた実測データを基に、熱帯で不足しがちなリンが光合成をどの程度制限しているのか解明
  • リンが光合成を制限する現象を考慮すると、全世界の熱帯・亜熱帯林の総生産量1)がこれまでの予測値より36%減少
  • 世界の熱帯林の炭素収支2)と大気中CO2濃度の変化に応じた総生産量の予測精度の向上に貢献

概要

 国際農研と高知大学は、西シドニー大学(オーストラリア)のDavid Ellsworth教授が主導する国際的な熱帯林樹木の光合成能力を解明する研究グループのメンバーに参画しています。この度、植物の必須元素の1つであるリンによる光合成の制限を、森林の総生産量を予測するモデルに組み込むと、これを組込まない場合に比べて、全世界の熱帯・亜熱帯林の総生産量が36%減少することを明らかにしました。
 熱帯林は陸域生態系の総生産量の三分の一以上を占め、気候変動の緩和と適応に重要な役割を果たしています。一方、熱帯地域の土壌は風化が進み、リンが不足していますが、リンがどの程度光合成を制限しているかについては実測データが少なく、森林の総生産量への影響も不明でした。
 そこで、世界4大陸の52のサイトで実測したデータを解析した結果、葉内のリン濃度と光合成能力の関係、すなわち、窒素が豊富でもリンが不足すれば光合成が制限されること(以降、「リン制限」という。)を明らかにしました。さらに、森林の総生産量を予測するモデルにリン制限を組み込むことで、リン制限が全世界の熱帯・亜熱帯林の総生産量に与える影響を定量化することに成功しました。
 この研究は、熱帯地域では、リンが光合成に与える影響が既往の想定よりもかなり大きいことを見出したもので、陸域の炭素収支の予測精度向上に貢献します。

 本研究の成果は、科学雑誌「Nature Communications」(日本時間2022年8月25日)に掲載されました。

<関連情報>

予算
運営費交付金プロジェクト「熱帯林遺伝資源の特性評価による生産力と環境適応性の強化」

発表論文

論文著者
DS Ellsworth, KY Crous, MG De Kauwe, LT Verryckt, D Goll, S Zaehle, KJ Bloomfield, P Ciais, LA Cernusak, TF Domingues, ME Dusenge, S Garcia, R Guerrieri, FY Ishida, IA Janssens, Kenzo Tanaka, Tomoaki Ichie, BE Medlyn, P Meir, RJ Norby, PB Reich, L Rowland, LS Santiago, Y Sun, J Uddling, AP Walker, KWLK Weerasinghe, MJ van de Weg, Yun-Bing Zhang, Jiao-Lin Zhang, IJ Wright
論文タイトル
Convergence in phosphorus constraints to photosynthesis in forests around the world
雑誌
Nature Communications
DOI : https://doi.org/10.1038/s41467-022-32545-0

問い合わせ先など

国際農研(茨城県つくば市)理事長 小山 修

研究推進責任者:
国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
研究担当者:
国際農研 林業領域 田中 憲蔵
広報担当者:
国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
本資料は、農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会、文部科学記者会、大学プレスセンター、高知県政記者クラブに配付しています。

※国際農研(こくさいのうけん)は、国立研究開発法人 国際農林水産業研究センターのコミュニケーションネームです。
新聞、TV等の報道でも当センターの名称としては「国際農研」のご使用をお願い申し上げます。

開発の社会的背景

 人間活動により、大気中の二酸化炭素(CO2)濃度の上昇が続き、気候変動を引き起こしています。熱帯林は巨大な炭素蓄積量と総生産量を持つため、気候変動の緩和と適応に大きな役割を果たしています。大気中CO2濃度を安定化させることは、国際的な課題で重要な地球環境研究の一つになっており、光合成によるCO2固定能力を正確に見積もることは、将来の気候変動予測やCO2の収支計算に不可欠です。
 森林が炭素を吸収する最初の過程である光合成については、これまで植物の必須元素である窒素によって大きく制限されることが分かっていました。これは、窒素が光合成に必要な酵素として不可欠なためです。一方、別の必須元素であるリンも光合成に不可欠であることは分かっていましたが、実測データが不十分なため実際どの程度光合成を制限しているかについては不明な点が多く、解明が求められていました。

研究の経緯

 国際農研は東南アジアの熱帯林を中心に、樹木の光合成に関する研究を行っています。熱帯林でリンが光合成に与える影響を統一的に評価するためには、全世界の熱帯林から葉のリン濃度や窒素濃度、光合成に関するパラメータを実際に測定する必要があります。しかし、熱帯林は樹高が50mを超える木々で構成される場合が多く、林冠(木のてっぺん)まで登って葉の光合成を測定するためには、大変な労力を要します(図1)。そこで、西シドニー大学のDavid Ellsworth教授を中心に、光合成に対するリン不足の影響を評価するため、世界4大陸(アジア、アフリカ、南米、オーストラリア)の熱帯林で研究を行っている研究者がデータを持ち寄り、解析を進めていました。国内からは、国際農研と高知大学の研究者が参画しています。なお、国際農研が提供したデータは、国立研究開発法人森林研究・整備機構森林総合研究所で過去に取得した公表済みデータを使用して、本研究のモデル解析用に加工したものです。

研究の内容・意義

 世界4大陸の52のサイトで実測した402種の葉の光合成やリン濃度のデータから、葉の窒素濃度が高くても、リンが不足している樹木は光合成能力(最大電子伝達速度3)を指標)が低く抑えられていることが分かりました(図2)。
 この傾向は、測定した樹種がまったく異なるにもかかわらず、4大陸間でほとんど違いがありませんでした。つまり、今回明らかになったリン制限は、土壌のリンが乏しい熱帯地域で普遍的に起きている可能性があります。
 また、リン制限による影響が、どの程度熱帯林の総生産に影響するか定量化できれば、世界の炭素収支や光合成生産量の予測精度の向上に役立ちます。そこで、森林の総生産を予測するモデルにリンの制限がなく窒素制限のみを考慮した場合と、リン制限と窒素制限の両方を考慮した場合で総生産量の予測結果を比較しました。その結果、リン制限を考慮した場合の全世界の熱帯・亜熱帯林の総生産量は、リン制限を考慮しない場合に比べて36%減少することが分かりました(図3)。
 さらに、森林の総生産量を予測するモデルにリン制限を組み込むことで、リン制限が全世界の熱帯・亜熱帯林の総生産量に与える影響を定量化することに成功しました。このことは、世界の熱帯地域における森林の総生産量が、リン制限により大きく影響を受けていることを初めて定量的に明らかにした重要な成果です。

今後の予定・期待

 熱帯林におけるリンと光合成能力の関係が明らかになったことで、気候変動による総生産や炭素収支への影響予測に加え、木材生産量の予測への応用が期待できます。例えば、大気中のCO2濃度の増加は樹木の光合成を促進し、木材生産量を増加させる可能性があるとされていますが、リン制限が強い場合、予測値を大きく下方修正する必要があります。
 今回得られた知見は、国際農研が実施している東南アジアの熱帯地域において、生産性の高い林業を行うための樹種選択やリン肥料の利用などへの応用も可能であり、気候変動緩和策に貢献することが期待されます。

用語の解説

1) 総生産量
植物の光合成による総CO2固定量のことです。総一次生産などとも呼ばれます。熱帯林の総生産量は40.8(ギガトン/炭素/年)で、陸域生態系の総生産量の1/3以上になり、様々な生態系の中で最大であると推計されています。
2) 森林の炭素収支
森林の炭素収支は、植物の光合成によるCO2吸収量と、樹木などの呼吸や微生物が落葉落枝などを分解したときに放出されるCO2放出量との差分のことです。
3) 最大電子伝達速度
光合成反応は、光エネルギーをキャッチする「電子伝達系」とCO2を固定する「カルビンサイクル」に大きく分けることができます。最大電子伝達速度はこの電子伝達系の能力を表すことから、光合成能力の指標になり、この研究でも指標として用いています。また、電子伝達系にはリンが用いられています。そのため、リンが十分にある葉では、最大電子伝達速度が高くなり、強光・高CO2濃度での光合成速度が高くなります。反対に、葉の中のリンが不足すると最大電子伝達速度が低下し、光合成も制限されます。熱帯の樹木では、最大電子伝達速度とリンの関係がよくわかっておらず、今回の研究で注目しました。

図1. マレーシアの熱帯林(左)と林冠クレーンのゴンドラ(右)

マレーシアなどの熱帯林は、樹高が50mを超える多種多様な巨大な樹木で覆われています(左)。高さ90mの林冠観察用クレーンのゴンドラに乗り、樹高50mを超える林冠木の葉にアクセスして、光合成を測定しています(右)。

図2. リン不足の葉とリンが不足していない葉の光合成能力の模式図

リンが不足すると、窒素が豊富にあっても光合成能力*が低下していました。この現象をモデルに組み込むことで、リン制限の定量化が可能になりました。
*ここでは最大電子伝達速度を指標としています。

図3. モデル計算で得られた世界の熱帯・亜熱帯林の総生産の減少度合

リンにより光合成が制限される現象をモデルに組み込んだ際に、濃い色の地域ほど総生産量が減少すると予測されています。

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