研究成果
資源作物「エリアンサス」を原料とする地域自給燃料の実用化
―研究から実用化までの切れ目ない連携による事業化モデル―
平成29年9月12日
農研機構
国立研究開発法人 国際農林水産業研究センター
さくら市
株式会社タカノ
資源作物「エリアンサス」を原料とする地域自給燃料の実用化
― 研究から実用化までの切れ目ない連携による事業化モデル ―
|
概要
温室効果ガス排出削減のため、再生可能エネルギーの一つとして、資源作物から作られるバイオ燃料の利用が期待されています。農研機構と国際農林水産業研究センター(以下、JIRCAS)は、食料生産と競合せず、収量が高く低コストで栽培できる作物としてイネ科の多年草である「エリアンサス」に注目し、品種「JES1(ジェイイーエスいち)2)」を2013年に共同育成しました。
このエリアンサス「JES1」を用いて、栃木県さくら市内の(株)タカノが、市内の耕作放棄地でのエリアンサスの栽培、及びペレット燃料3)への加工を行い、それをさくら市が市営の温泉施設で利用する仕組みを実現し、その過程で農研機構とJIRCASが2014年から技術的支援を行いました。2017年4月から本格稼働を始め、これまでに燃料の地域自給が達成されていることを確認しました。さくら市内の耕作放棄地の減少・雇用創出及び、地球温暖化抑制に貢献できる点が評価されています。
これはエリアンサスを地域自給燃料として事業化した世界初の事例で、日本国内では東北南部の低標高地から九州までの非積雪地における小規模モデルとして役立ちます。
<関連情報>
予算:
農研機構・JIRCAS:農林水産省委託プロジェクト研究「地域活性化のためのバイオマス利用技術の開発:1系 国産バイオ燃料への利用に向けた資源作物の育成と低コスト栽培技術の開発」(平成21年度~23年度)
農研機構:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)事業「セルロース系エタノール革新的生産システム開発事業」(平成21年度~23年度)
農研機構運営費交付金(平成17~29年度)
JIRCAS運営費交付金(平成21~29年度)
問い合わせ先
研究推進責任者:
農研機構畜産研究部門 研究部門長 塩谷 繁
JIRCAS 農産物安定生産プログラムディレクター 中島一雄
(株)タカノ 代表取締役 高野 誠
研究・技術担当者:
農研機構畜産研究部門 飼料作物研究領域 小林 真 蝦名真澄
JIRCAS 熱帯・島嶼研究拠点 安藤象太郎 寺島義文 霍田真一
(株)タカノ 代表取締役 高野 誠
広報担当者:
農研機構畜産研究部門 企画管理部 広報プランナー 木元広実 お問い合わせフォーム
JIRCAS 企画連携部 情報広報室長 辰巳英三 お問い合わせフォーム
さくら市役所 産業経済部 農政課 農政係 お問い合わせフォーム
(株)タカノ 営業担当 野口英二
本資料は農政クラブ、農林記者会、農業技術クラブ、筑波研究学園都市記者会に配布しています。 |
※農研機構(のうけんきこう)は、国立研究開発法人 農業・食品産業技術総合研究機構のコミュニケーションネーム(通称)です。新聞、TV等の報道でも当機構の名称としては「農研機構」のご使用をお願い申し上げます。
実用化の背景と経緯
温室効果ガス排出削減のため、再生可能エネルギーの一つとして、資源作物から作られるバイオ燃料の利用が期待されています。資源作物の要件は、食料生産と競合しないこと、収量が高く低コストで持続的に栽培可能なこと、低水分で収穫可能なこと、燃料への変換適性が高いことです。農研機構とJIRCASは、これらの点に合致するイネ科の多年草「エリアンサス」に注目し、国内外ともに最初の品種「JES1」を2013年に共同育成しました。さらに農研機構は温帯におけるエリアンサスの持続的な多収のための適正栽植密度・施肥量・刈高・収穫時期について研究を行い、基本的な栽培技術を策定しています。
一方、地域においては耕作放棄地の拡大が深刻な課題ですが、農業従事者不足の現状から、省力的かつ低コストで持続的に生産可能な作物とその生産技術が待たれています。
実用化の内容・意義
エリアンサス「JES1」を用いて、栃木県さくら市内の(株)タカノおよびさくら市が、市内耕作放棄地を利用した原料生産、燃料への加工、利用を一貫して行う仕組みを実現し事業化しました(図1、2)。農研機構とJIRCASは、研究成果を実用化するための切れ目ない連携として、2014年から技術的支援を行いました。本件は、エリアンサスを作物として栽培し、ペレット燃料に加工・販売する、世界初の事業化です。
事業の仕組み
- JIRCASが(株)タカノに対して、熱帯・島嶼研究拠点(沖縄県石垣市)で採種したエリアンサス「JES1」種子を提供。
- (株)タカノがさくら市内の耕作放棄地(2017年7月現在、8ヘクタール)でエリアンサスを栽培(図1、3)。
- (株)タカノがエリアンサスをペレット燃料(図4)に加工し販売。
- さくら市が「市営もとゆ温泉」にバイオマスペレットボイラ4)を配備し、シャワー用熱源としてペレット燃料を使用。
事業化に必要とされた技術とその解決・開発状況
- 事業栽培で使用できるエリアンサス品種及びその種苗
← 農研機構・JIRCASが共同育成した品種「JES1」の種子をJIRCASが供給。 - 微小なため精選方法がなく、綿毛・穂軸を含む状態で供給されるエリアンサス種子の播種・育苗方法及び、効率的かつ定着のよい定植方法
← 農研機構がJIRCAS及び(株)タカノの協力を得て『事業規模でのエリアンサス栽培のための播種・育苗・定植マニュアル(暫定非公開版)』を策定。 - 木質原料に比較して造粒が困難とされるエリアンサスのペレット燃料加工技術及び、エリアンサスペレットの品質評価
← (株)タカノがエリアンサスのペレット燃料加工技術を開発し、農研機構の技術的支援のもと、ペレットの品質を解明。木質ペレット品質規格に照らして、寸法・嵩密度・含水率・低位発熱量は良好と判定。灰分5)はA(少ない)~C(多い)のCと判定。 - エリアンサスのペレットの燃焼時における灰分の固結対策
← (株)タカノが農研機構の技術的支援のもとで実規模ボイラ燃焼試験を行い、ボイラメーカーの協力を得てボイラを改良し、解決。
今後の予定・期待
市営もとゆ温泉で必要なペレット燃料(計画数量)は年間約210トンで、2017年はおよそ半量をエリアンサス、残りは木質原料(伐採木)で賄います。今後は、エリアンサス生産圃場を20ヘクタールに拡大し、全量をエリアンサスとする予定です。
ペレットボイラ導入前の灯油消費量は年間102キロリットルで、灯油の燃焼による二酸化炭素排出量は約255トンでした。ペレット燃料210トンの燃焼による二酸化炭素排出量は約363トンですが、バイオマスは再生可能エネルギーであるため、燃焼時に発生する二酸化炭素量は原料となる植物の光合成により大気中から取り込んだ二酸化炭素量と相殺され(カーボンニュートラル)、『さくら市地球温暖化対策実行計画[第2次] 平成26~30年度』の達成に貢献できます。
さくら市内及び近隣市町において、耕作放棄地の解消や地域自給燃料の実現が求められているため、第2・第3の事業が進展し、農地の有効利用、地域における燃料生産・消費といったバイオマス産業の確立と地域振興が期待されます。本件事業化の技術的支援の過程で得た知見を含めた『事業規模でのエリアンサス栽培・利用マニュアル(仮題)』を、2021年3月を目処に公開する予定です。
エリアンサスは播種から実用的な収穫開始まで3~4年を要しますが、植え替えることなく10年以上毎年収穫が可能であるため、農地における原料の計画生産が可能です。
本成果は、東北南部の低標高地から九州までの非積雪地において、農地で原料生産できるバイオ燃料の小規模なビジネスモデルとして役立ちます。
用語の解説
- 1) エリアンサス
-
イネ科に属する草本6)の一種で、熱帯・亜熱帯地域に自生しています。多年生のため、越冬できる気象条件であれば長期的な周年栽培が可能です。農研機構畜産研究部門畜産飼料作研究拠点(栃木県那須塩原市)での試験結果から、生育に支障となる条件(例:越冬困難な冬季低温、雑草被陰等による生育不良)がなければ10年以上栽培可能と考えられます。収穫は年1回、晩秋から晩冬の間が適期です。この間に茎葉を刈り取ると、春には刈り株から新しい葉が再生し、次の晩秋には草丈約4mになります。
温帯では初冬から低温により茎葉の枯れ上がり(立毛乾燥)が進行し、これに伴って収穫物中の水分が減少します。3月には水分約30%にまで乾燥しますので、ペレット燃料加工に当たって乾燥工程が必要なく、収穫物の保存性も優れるメリットがあります。
- 2) 「JES1」
- エリアンサスの我が国における第1号品種であり、海外においてもエリアンサスの品種育成に関する報告はないため、国内外ともに最初の品種です。農研機構及びJIRCASが共同で育成し、種苗法により両法人の育成者権が保護されています。
さくら市において行った試験栽培で、手作業での結束・刈り出しによる年間乾物収量は、定植2年目で4.4kg/株、定植3年目で5.0kg/株で、栽植密度(2m2/株)で単純に換算するとそれぞれ22t/ha、25t/haとなります。しかし、事業栽培では試験圃場のような栽培管理ができず、生育不良株・欠株や機械作業で行う収穫・梱包のロスも発生するため、この収量より数割低くなる可能性があります。今後、農研機構と(株)タカノの連携により、事業栽培での収量を解明する予定です。
関東北部(栃木県那須塩原市及びさくら市)では、11月上旬頃に出穂が始まりますが、低温のため種子ができず、雑草化の懸念がありません。一方、熱帯・亜熱帯地域では稔った種子による雑草化のリスクが想定されますので、「JES1」の普及地域は我が国の九州地方以北とし、南西諸島及び小笠原諸島には種苗を持ち込まないことを品種利用上のルールとして定めています。越冬性の制約から栽培北限は東北南部の低標高地と考えられるため、九州から東北南部の低標高地にかけての地域で普及を進めます。
「JES1」の種子は当面、JIRCAS熱帯・島嶼研究拠点の試験圃場で採種し、育成者権の利用許諾契約及び原種苗提供契約を締結した事業者に供給します。
- 3) ペレット燃料
-
固体燃料の一種で、バイオマス等の原料を粉砕し、ペレタイザー(造粒機)で直径6mm(機種により異なる)・長さ約1~3cmの小円柱状に造粒したものです。造粒することにより嵩密度が増大して流動性も向上し、ペレットボイラやペレットストーブ等の燃焼器での自動供給や火力調節が行いやすくなります。水分約30%の状態で刈り取って細断したエリアンサスの嵩密度は約0.1(130kg/m3)ですが、ペレット燃料(水分約10%)の嵩密度は約0.7(670kg/m3)に高まり、保管時の減容化にもなります。
- 現在、流通しているバイオマスペレットは、ほとんどが木質原料から作られたものです。草本系原料は造粒が難しいとされていましたが、本件では(株)タカノが技術開発を行って克服しました。さらに草本系原料は木質原料より発熱量が低く灰分が多い傾向がありますが、エリアンサスは高位発熱量が4430~4650kcal/kgとスギ木粉(4570kcal/kg)と同程度であり、灰分が2.9~5.2%とスギ木粉(0.3%)より多いものの草本系原料の中では低いため、燃料適性が高いことが特長です。
- 4) バイオマスペレットボイラ
- 燃料としてバイオマスペレットを使用するボイラのことです。木質ペレット向けに作られ、灰分の多い草本系ペレットは灰分の固結(ボイラ内で灰が固まって排出されなくなること)が問題となり、使えない機種も多いです。本件の事業化では、(株)タカノがボイラメーカーの協力を得てボイラを改良し、エリアンサスペレットの燃焼における課題を解決しました。
- 5) 灰分
- 高温で加熱・燃焼した後に残る、無機元素を主成分とする不燃性物質で、いわゆる「灰」のことです。灰分が多い燃料は、原料のうち燃焼エネルギーとして役に立たない成分が多く、ボイラ等の燃焼器における灰の排出量も多くなるため、燃料適性としては灰分が少ない方が良いとされます。
今後、灰分の成分分析を通じて、肥料として農地還元する可能性を検討します。
- 6) 草本
- 植物のうち、木部(経年肥大し年輪を刻む茎)を持つ種類が「木本(いわゆる木)」、木部を持たない種類が「草本(いわゆる草)」と定義されています。
参考図
図1 耕作放棄地におけるエリアンサス「JES1」事業規模生産
図2 事業化の概要と役割分担
図3 立毛乾燥後に機械収穫されるエリアンサス「JES1」
図4 エリアンサス「JES1」を原料とするペレット燃料
【研究・技術担当者一覧】
農研機構畜産研究部門 飼料作物研究領域 小林 真、松波寿弥(現:農研機構東北農業研究センター)、佐藤広子(現:農研機構北海道農業研究センター)、蝦名真澄
JIRCAS 熱帯・島嶼研究拠点 安藤象太郎、寺島義文、霍田真一
(株)タカノ 代表取締役 高野 誠