研究成果

豚の排せつ物のバイオ燃料化で地球温暖化防止に貢献 ‐ベトナムの低所得農家を対象としたバイオガス事業が国連CDM理事会に登録‐

発表日:平成24年8月15日

ポイント

  • JIRCASが、ベトナム農村で低所得農家向けバイオガスCDM1)事業を形成
  • 資源循環型の営農システムにバイオガス発生装置を導入、エネルギー転換による温室効果ガス排出削減と環境負荷軽減に貢献
  • 農村に直接利益をもたらすモデル的CDM事業として現地での展開を目指す

 概要

    独立行政法人国際農林水産業研究センター(JIRCAS)が、ベトナムのメコンデルタに位置するカントー市において形成したクリーン開発メカニズム(CDM)事業「カントー市における農村開発に資する農家用バイオガス事業」が、日本及びベトナム両政府からの承認を経て、8月15日に国連CDM理事会へ登録されました。

    本事業ではカントー市内の961戸の農家に、バイオガス・ダイジェスター(BD)と呼ばれる豚の排せつ物からバイオガス(家畜の糞尿などを発酵させて得られる可燃性のガス)を発生させる装置を導入し、農家が調理のために使用している薪や化石燃料(主にLPガス)をこのバイオガスで代替することで、年平均1,203tCO2の温室効果ガス(GHG)の排出を削減することが可能となります。また、豚の排せつ物による水質汚濁や悪臭なども軽減されます。

    本事業のように、農村の低所得農家が直接利益を享受することが期待されるCDM事業は、例が少なく、今後、本事業をモデルとして広く展開されることが期待されます。

問い合わせ先

独立行政法人国際農林水産業研究センター(茨城県つくば市)理事長 岩永 勝
研究推進責任者:プログラムディレクター 川島知之       
研究担当者:農村開発領域 松原英治・泉太郎・田港朝彦   
広報担当者:情報広報室長 大浦正伸   

事業化の背景

    JIRCASは、途上国の農村開発のニーズに合ったCDM事業を形成・実証することで、CDM事業から得られる炭素クレジット(CER)2)を活用した、持続可能な農村開発に資するための研究を行っています。この研究は、CDM事業の実施を通じて、農家所得の向上と農村の環境保全に貢献する新たな農村開発モデルの確立を目指すものです。CDM事業は、先進国が途上国におけるGHG削減努力を支援し、持続可能な開発に資する新たな技術及び資金提供の機会を創出するものです。しかし、CDM事業は民間投資を主として実施されているため、事業の多くは企業経営的な側面が強く、企業が投資しやすい分野や地域に偏ったものとなり、より多くのCERを効率的に確保可能なプラント型事業が多くなっています。一方、農村開発を考慮に入れたCDM事業は、所得向上や環境改善の観点からも重要であると考えられますが、規模が小さく、CERの獲得効率が低いことから、途上国に大きなニーズがあるにもかかわらず、これまでほとんど実施されてきませんでした。また、その方法論・実施方法が明らかになっていないため、投資家が関心を持つこともありませんでした。

事業化までの研究の経緯

    メコンデルタ(メコン川河口に広がるベトナム側約4万Km2の低湿地帯)の農村部は、人口密度が高く、1戸当り農地面積が狭小なため、所得向上のために作物栽培、養魚、養豚を組み合わせた複合経営が広く実施されています。一方で、これらの複合経営から発生する廃棄物が問題となっており、特に養豚からの廃せつ物が処理されないまま水路等へ投棄され、環境汚染が深刻化しています。また、この地域では、調理用の燃料として、薪が多く使われていますが、近年、人口増加によるエネルギー需要の増大と化石燃料の高騰が薪炭利用に拍車をかけています。
    これらの問題解決を目指し、JIRCASは、現地のカントー大学(CTU)と共に、2008年よりVACBと呼ばれる、果樹栽培、養魚、養豚、バイオガス3)を組み合わせた資源循環型の営農システムの技術改善と普及を通じた、持続可能な農村開発4)モデルを確立するための研究を開始しました (図1)。

図1

 事業の内容・意義

    VACBは、農家の家計費の節減や環境保全の点で利点があるものの、豚の排せつ物からバイオガスを発生させるBD(図2)が、低所得農家にとって高価であるとともに設置、稼働の方法も十分知られていないため、普及が進んでいませんでした。また、BDを安定的に利用するためには、果樹栽培、養魚、養豚も含む、総合的な営農技術が必要なことも、農家にとって高いハードルとなっていました。
    JIRCASは、BDからのバイオガスを調理に使用し、薪や化石燃料の使用量を削減することで、GHG排出量を削減できることに着目し、BD導入資金の一部をCERで補てんするという構想のもと、CDM事業の形成に着手しました。また、VACBの基本的な技術及びVACB普及の核となる農家の育成方法を確立しました。
    この結果、JIRCASはカントー市の3郡で961戸の低所得農家の参加を取り付け、年間平均1,203tCO2のGHGを排出削減するCDM事業の枠組みを形成し、これが本年8月15日、国連CDM理事会に登録されました。また、VACB普及の核となる農家を3郡で40戸以上育成してきました。
    本事業が国連CDM理事会に登録されることにより、本事業の活動で削減されたGHGをCERとして取得することが可能になりました。
    これまで日本企業は、大規模養豚企業(農家)を対象としたバイオガスに係るCDM事業を多く開発してきましたが、多数の低所得農家を対象とするBDのCDM事業が国連CDM理事会に登録されたのは、我が国では本事業が初めてです。
    ベトナム政府は、「2011-2015年及び2050年を見通した農業・農村開発分野の気候変動適応に係る行動計画」を策定し、農業農村開発分野において10年毎に農業生産増20%、貧困率削減20%、温暖化ガス排出量削減20%と、3つの数値を同時に達成することを目標としています。本研究成果は、この目標達成に直接貢献する農村開発モデルとして、カントー市周辺のみならず、同様の営農形態を持つメコンデルタの各省から注目されています。

図2

 今後の予定

今後、本事業へ参加を希望する我が国の企業を募集します。参加企業にはBD設置に必要な費用等を助成していただき本事業を実施します。事業開始1年後から、使用状況のモニタリングによって求められたGHG削減量について指定審査機関による審査等の手続きを経てCDM理事会へ申請し、CER取得を目指します。なお、助成した企業はCERを受け取ることにより、我が国のGHG排出量削減目標の達成に貢献することができます。

用語の解説

  1. CDM(Clean Development Mechanism)
    京都議定書において定められた京都メカニズムの1つで、先進国が技術や資金を提供し開発途上国で温室効果ガス削減プロジェクトを行った場合、そのプロジェクトによって削減された温室効果ガス相当量を、一定の認証手続きを得て取引できる制度。
  2. 炭素クレジット (CER; Certified Emission Reduction)
    先進国間で取引可能な温室効果ガスの排出削減量証明。地球温暖化防止のため、先進国は京都議定書に基づいて、CO2の排出量上限を決めているが、自国の排出削減努力だけで削減しきれない分について、排出枠に満たない国の排出量を取引することができる。この排出量を企業間や国際間で流通するときに、クレジットとして取り扱われ、その取引単位は、1t-CO2
  3. バイオガス
    バイオ燃料の一種で生物の排泄物、有機質肥料、生分解性物質、汚泥、汚水、ゴミ、エネルギー作物などの発酵、嫌気性消化により発生するガス。例えば、サトウキビや下水処理場の活性汚泥などを利用して、気密性の高い発酵層で生産される。メタン、二酸化炭素が主成分。
  4. 農村開発
    農村部と都市部双方の住民の食料供給の安定と農村貧困の削減、それらを通じた国や地域の経済発展を目的とした農村における活動

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