研究成果

カギケノリ配偶体を用いた海面養殖用種苗の生産技術を開発
―牛のげっぷ由来メタン削減に向けた飼料の安定生産に期待―

令和8年3月10日
国際農研

ポイント

  • カギケノリ胞子体から配偶体の「種」となる四分胞子を放出させる条件 (温度・日長) を確立。
  • 四分胞子から発芽した幼配偶体を培養し、海面養殖用種苗となる配偶体の育苗に成功。
  • メタン削減効果が期待されるカギケノリ飼料の安定供給と、養殖生産性向上への貢献に期待。

概要

国際農研は、長崎大学との共同研究により、温度や日長を制御することでカギケノリ1) の生活環を人為的に操作し、海面養殖用の種苗2) となる配偶体を人工的に生産する技術を開発しました。

カギケノリは、微生物のメタン発酵を抑制する物質「ブロモホルム3)」を多量に含む海藻であり、牛などの反すう動物に与えることで、げっぷとして排出されるメタンガスを削減できる飼料素材として期待されています。カギケノリは胞子体と配偶体と呼ばれる二つの世代4) が、それぞれ異なる形態で生育します。胞子体は微小な形態で、主に実験室や陸上施設で培養されますが、陸上養殖は施設維持コストが高く、大量生産には適しません。一方、配偶体は十数cm程度まで伸長するため、大規模展開が可能な海面養殖に適しています。しかし、これまで配偶体を人工的に安定生産する技術は十分に確立されていませんでした。

本研究では、海藻に見られる世代交代5) という特性に着目し、カギケノリ胞子体をさまざまな水温・明暗条件で培養することで、カギケノリ胞子体から配偶体の「種」となる四分胞子を放出させるために有効な温度条件 (水温25℃) と短日の明暗周期条件 (明期8時間 : 暗期16時間) を明らかにしました。さらに、胞子放出までに要する日数を短縮できる培養条件の組み合わせを示すとともに、得られた四分胞子から発芽した幼配偶体を通気培養することで、成長が良好でブロモホルムを多く含む配偶体を安定的に育成できることを示しました。

人工的に放出させた四分胞子から海面養殖用種苗となる配偶体を育成できたことにより、カギケノリの養殖生産性の向上と安定供給に向けた基盤的な技術が整備されました。本成果は、反すう家畜からのメタン削減に資する飼料の実用化に向けた重要な一歩となるものです。

本研究成果は、国際科学専門誌「Marine Biotechnology」オンライン版 (日本時間2025年7月21日) にオープンアクセスで掲載されました。

関連情報

予算
科研費「紅藻カギケノリのブロモホルム合成機構の解明―その養殖は他の海藻と共存できるか?」(25K09257)

発表論文

論文著者
Ryuya Matsuda (松田竜也), Kazuyoshi Kuwano (桑野和可)
論文タイトル
A demonstration of bromoform-producing gametophyte culture for a red alga, Asparagopsis taxiformis in laboratory conditions
雑誌
Marine Biotechnology
DOI: https://www.doi.org/10.1007/s10126-025-10493-2

問い合わせ先など

国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山修

研究推進責任者:
プログラムディレクター 藤田泰成
研究担当者:
水産領域 研究員 松田竜也
広報担当者:
情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail : info-pr@jircas.go.jp

研究の背景

牛などの反すう動物は、胃に共生する微生物の働きによって牧草などを分解・消化する過程で、副産物としてメタンガスを生成します。このメタンガスは主にげっぷとして大気中に放出され、二酸化炭素に次ぐ温室効果ガスとして地球温暖化への影響が大きいことで知られています。そのため、反すう家畜からのメタン排出削減は、畜産業の持続可能性を高めるとともに、気候変動対策の観点から国際的に喫緊の課題となっています。

紅藻カギケノリは、微生物によるメタン生成を抑える物質「ブロモホルム」を多量に含む海藻として注目されています。反すう家畜に飼料として与えることでメタン排出量を大幅に削減できる可能性が示されており、環境負荷を軽減する新しい飼料素材として世界的に期待されています。その実用化には、安定して大量のカギケノリを生産・供給する技術の確立が不可欠ですが、天然資源だけでは生産量が限られており、人工的な大規模養殖の実現が求められています。

カギケノリは、胞子体 (2n世代) と配偶体 (n世代) からなる生活環を持ち、両世代で形態や増殖特性が大きく異なります (図1)。胞子体は微小な形態をしており、室内培養には適する一方で、海面養殖には利用できません。これに対して、配偶体は十数cmの直立茎を形成するため、陸上よりも低コストで大規模展開が可能な海面養殖に適しています。しかし、配偶体を人工的に安定生産するための基盤技術はこれまで十分に確立されておらず、持続的な海藻供給の実現には技術的課題が残されています。

研究の経緯

日本近海では、カギケノリの胞子体と配偶体が季節によって交代して出現することが知られており、温度や日長条件が世代交代に関与すると考えられています。これまでの実験室環境では、胞子体を20℃で昼夜等長の明暗周期(明期12時間 : 暗期12時間)の条件下で培養すると、成熟せずに増殖を続けることが観察されていました。

本研究では、カギケノリの生活環と環境条件の関係に着目し、温度や明暗周期の培養条件を工夫することで、配偶体の「種」となる四分胞子の放出を誘導できるのではないかと考えました。そこで、胞子放出を引き起こす条件と、その発生に要する日数を詳細に検討しました。また、これまで安定して配偶体を育成できた報告はなかったため、本研究では得られた胞子を用いて、配偶体が正常に成長するための環境条件を明らかにすることを目指しました。

研究の内容・意義

  1. カギケノリ胞子体を異なる温度・明暗周期で21日間培養し、四分胞子の放出条件を検討しました。その結果、胞子放出を誘導する条件は、水温25℃または短日の明暗周期(明期8時間 : 暗期16時間) であることが明らかになりました (表1)。これにより、配偶体の「種」となる胞子を人為的に得るための具体的な培養条件が示されました。また、どのような環境条件であれば、どの時期に配偶体の種となる胞子を得られるか目安が示され、育苗計画が立てやすくなります。
  2. 胞子放出を誘導する条件 (水温25℃と短日の明暗周期 )において、胞子放出までに要する日数を解析した結果、胞子放出が50%の確率で生じるまでの日数は、水温25℃条件では12.3日 (図2A)、短日の明暗周期では15.7日 (図2B) と推定されました。さらに、この二つの条件を組み合わせることで、水温25℃条件単独と比べて胞子放出までの日数が約2日間短縮され (図2C)、より効率的な胞子生産が可能となることが示されました。このことから、温度条件と日長条件を適切に組み合わせることで、胞子放出までの期間を短縮できることが明らかとなり、効率的な胞子生産に向けた具体的な指針が得られました。
  3. 四分胞子から発芽した配偶体を、通気条件と静置条件で28日間培養し、成長と形態発達、ブロモホルム含量を比較しました。14日目以降、両条件間で成長速度に明確な差が生じ、通気培養では成長が顕著に促進されました (図3A)。28日後の配偶体の外観では、通気培養で直立茎と多数の側枝がよく発達し、海面養殖用種苗として適した形態が得られました (図3B)。さらに、通気培養では静置培養に比べてブロモホルム含量が高くなることが明らかとなり、メタン抑制効果の高い配偶体を効率よく生産できる可能性が示されました (図3C)。

今後の予定・期待

本研究の結果、海面養殖用の種苗となり得るカギケノリ配偶体を人為的に育成するための基盤的な技術条件が整理されました。この技術を用いて配偶体を計画的に育苗することで、将来的にカギケノリの安定供給や大規模養殖の実現につながる可能性があります。カギケノリ飼料の実用化に向けては、養殖したカギケノリを牛などの反すう家畜に給与し、安全性や実際のメタン削減効果を検証することが不可欠です。現在、国内ではカギケノリを反すう家畜に与えることは認められていませんが、今後、科学的知見を着実に蓄積することで、制度面も含め実用化への道が開かれることが期待されます。

また、本研究では国内で採取したカギケノリ株を対象として検討を行いました。今後は、フィリピンなど熱帯域での海面養殖の実現を目指し、現地に自生するカギケノリ株を用いた研究を進めることで、国際的なメタン削減への貢献や、各地域の環境条件に適した養殖技術の開発につなげていく予定です。

用語の解説

1) カギケノリ
熱帯から温帯の海域に分布する海藻で、日本の沿岸にも自生しています。オーストラリアでは、すでに本種や近縁種が牛の飼料として利用されています。カギケノリは赤い色素を持つ海藻で、食用ノリや寒天の原料となるテングサ等と同じ「紅藻」と呼ばれるグループに属します。
2) 海面養殖用の種苗
養殖における種苗とは、一般的には海面や陸上の施設で育成する稚魚や稚貝を指します。天然で採捕したものを天然種苗、人為的にふ化・育成したものを人工種苗と呼びます。海藻の場合も考え方は同様であり、本研究では、人為的に胞子放出を誘導し、その後の育苗に成功したことから、人工種苗の生産技術に該当します。
3) ブロモホルム
1つの炭素に3つの臭素と1つの水素が結合した有機ハロゲン化合物で、嫌気性微生物のメタン代謝を阻害する性質を持ちます。カギケノリに限らず多くの海藻がブロモホルムを合成しますが、カギケノリはブロモホルムを蓄積する腺細胞と呼ばれる特殊な構造を持つため、他の海藻よりもメタン生成抑制効果が高いことで知られています。
4) 世代
多くの海藻は、染色体組数が1組の配偶体 (n世代) と2組の胞子体 (2n世代) という異なる倍数体 (世代) として生育します。配偶体は、胞子体から減数分裂で形成された胞子 (四分胞子) が細胞分裂することで生じます。一方、胞子体は、配偶体から形成された配偶子が融合することで生じます。
5) 世代交代
胞子体と配偶体が交互に生じることを「世代交代」と呼びます。カギケノリでは、胞子体と配偶体で形態や大きさが異なるため、「異形世代交代」に分類されます。また、この一連の世代交代の過程全体を「生活環」と呼びます。

担当研究者の声

海藻を探す様子

水産領域
研究員 松田竜也

海藻養殖は、環境負荷が低い養殖形態として、日本以外でも注目を集めるようになってきました。海藻は、ブロモホルムや寒天などのゲル成分を含むため、人間が食べるだけでなく様々な用途に応用できます。海藻の不思議な生物学的特性を明らかにして、養殖技術を開発することで、持続可能な水産業に貢献したいと考えています。

図1 カギケノリの生活環

カギケノリは、胞子体 (2n世代) と配偶体 (n世代) が交互に現れる生活環を持ちます。胞子体は微小な糸状の集合体として増殖し、実験室やタンク内での培養には適していますが、海面養殖に利用できる大きさにはなりません。胞子体が成熟すると四分胞子嚢を形成し、そこから四分胞子が放出されます。四分胞子は発芽して配偶体へと成長し、生育の過程で雄株または雌株に分化します。雌性配偶体は有性生殖により嚢果を形成し、嚢果から新たな世代の胞子体が発芽することで生活環が一巡します。

表1 カギケノリ胞子体の胞子放出条件

 

カギケノリ胞子体を異なる温度・明暗周期で21日間培養したところ、四分胞子の放出は水温25℃または短日の明暗周期 (明期8時間 : 暗期16時間) でのみ認められました。温度と日長が胞子放出の誘導に重要であることが示されました。表では明暗周期のうち明期時間を示しています。

図2 胞子放出における温度と明暗周期の影響

水温25℃と短日の明暗周期条件で胞子放出までの日数を評価しました。 AとBの縦軸は、それぞれ水温25℃条件と短日の明暗周期条件で胞子体を培養し、胞子放出が確認された日を1、確認されなかった日を0として、胞子放出までに要する日数を推定しました。

図3 カギケノリ配偶体の効率的な育成方法

A: 配偶体を通気条件または静置条件で28日間培養した際の成長曲線を示しています。14日目以降、両条件間で配偶体生重量に明確な差が生じました。
B: 28日間培養後のカギケノリ配偶体の外観を示しています。通気培養では、側枝を含む直立茎がよく発達しています (矢印)。
C: 各条件におけるブロモホルム含量を示しています。どちらの条件でもブロモホルムは検出されしたが、通気培養ではブロモホルム含量が高くなりました。

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