研究成果
サバクトビバッタの砂漠に適応した産卵行動を解明
―高温下ではオスが「日傘」となりメスの産卵を保護―
令和6年9月20日
国際農研
モーリタニア国立サバクトビバッタ防除センター
サバクトビバッタの砂漠に適応した産卵行動を解明
―高温下ではオスが「日傘」となりメスの産卵を保護―
ポイント
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概要
国際農研は、モーリタニア国立サバクトビバッタ防除センターと共同で、過酷な砂漠環境 (厳しい高温) において、サバクトビバッタ (以下、バッタ) 成虫の日中の産卵行動を明らかにしました。
サハラ砂漠で野外調査を行った結果、多くのバッタの成虫は、夜間に集団産卵していました。しかし、一部のメスは産卵が遅れ、ほとんどの動物が活動を避ける日中の致死温度 (50℃以上) に迫る地表で産卵していました。高温下では多くの産卵中のメスの背中にオスが乗っており、サーモグラフィカメラ1)を用いてバッタの体表を測定したところ、地表より低い体温を保っていました。実験的に固定したバッタを日向にさらし、体温をセンサーで直接測定したところ、シングルのメスの体温は高温になりますが、ペアのメスは体温を低く保つことがわかりました。これにより、メスの背中に乗っているオスが「日傘」のように機能し、高温状態を避けて産卵していると考えられました。
バッタは生理的に高い高温耐性 (約55℃) をもつことに加え、オスが「日傘」のように機能することで、ほとんどの動物が高温のため活動できない時間帯に産卵していることが示唆されました。
防除上の観点では、集団産卵中のペアはその場に数時間留まるため、農薬散布の効率性が高まります。このようなバッタの生態を応用することで必要以上に農薬を使用しない、環境や健康に配慮した防除に結び付くことが期待されます。
本研究成果は、「Ecology」電子版2) (日本時間2024年9月15日) に掲載されました。
<関連情報>
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「生態に基づく越境性害虫の環境調和型防除体系の構築」、科研費 (No. 15K18808、 21K05627)
発表論文
- 論文著者
- Maeno, K.O., Ould Ely, S., Ould Mohamed, S., Jaavar,M.E.H., Benahi, A.S., and Ould Babah Ebbe, M.A.
- 論文タイトル
- Mate-guarding male desert locusts act as parasol for ovipositing females in extremely hot desert environment
- 雑誌
- Ecology
DOI: https://doi.org/10.1002/ecy.4416
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 藤田 泰成
- 研究担当者:
- 国際農研 生産環境・畜産領域 主任研究員 前野 浩太郎
- 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
研究の背景
研究の経緯
しかし、その後の野外調査により、一部のメスは産卵が遅れ、翌日の日中に産卵していることが分かりました。これらの個体は、多くの昆虫が耐えられない50℃を超える非常に高温な条件にさらされます。メスのバッタは通常、腹部を伸ばして地中に卵を産みます。産卵には数時間かかるため、動けない産卵中のメスは体温調節することができず、致死的な熱条件にさらされることが予想されます。
そこで、本研究では、産卵するメスのバッタが過熱を避ける仕組みを明らかにするため、モーリタニアに広がるサハラ砂漠において、2013 年、2016 年、2022 年に野外観察とサーモグラフィカメラを用いて、バッタの体温と周辺の地温を同時に計測しました。
研究の内容と成果
- 野外観察の結果、日中のサハラ砂漠は高温になり、ほとんどの動物が日向を避けて活動を停止しているにもかかわらず、バッタのペアは産卵を続けていました (図1)。オスは産卵中のメスの背中に乗り、地面から距離を保ちながら太陽光線にさらされており、地温が上昇すると、産卵ペアは太陽光線と平行な方向を向きました。
- サーモグラフィカメラによる計測の結果、産卵中のペアは地温よりも低い体温を保持していました (図2のオレンジ色)。また、実験的に固定したバッタを日向にさらし、体温をセンサーで直接測定したところ、シングルのメスの体温は高温になりますが、ペアのメスは体温を低く保つことがわかりました。ペアのオスも、シングルのオスよりも低い体温を維持しました。これらの結果は、ペアのバッタは、日陰なしで冷却できることを示唆し、メスの背中に乗っているオスが「日傘」のように機能し、高温状態を避けて産卵していると考えられました (図3)。
- バッタは生理的に高い高温耐性 (約55℃) をもつことに加え、オスが「日傘」のように機能することで、ほとんどの動物が高温のため活動できない時間帯に産卵していることが示唆されました。
- 産卵中のペアは数時間その場に留まるため、格好の防除対象です。夜間の集団産卵中のペアに加え、日中のペアも防除のターゲットにすることで、農薬使用量の減少に繋がる防除が可能になります。
今後の予定・期待
用語の解説
- 1) サーモグラフィカメラ
- 非接触で物体の表面温度を測定できるカメラ。物体から放射される赤外線を分析し、熱分布を測定できる。発熱者を検知するのにも使用されている。
- 2)
- 本研究成果は、生態学の国際誌EcologyのThe Scientific Naturalistとして掲載された。The Scientific Naturalistは、ナチュラルヒストリー (博物学) の面白さを掻き立て、新しい仮説や疑問を紹介するシリーズである。著者へのガイドラインには、「読者を刺激し、自然史に夢中にさせるような、魅力的であまり知られていない生物、行動、プロセスやその他の自然現象について、証拠写真を用いて示すこと」という趣旨の記載がある。
- 3) 交尾後ガード
- オスが交尾したメスが産卵するまで他のオスに奪われないようにメスを守る行動のこと。バッタのメスは交尾したオスの精子を体内に貯蔵し、一回の交尾で生涯の受精に十分な量の精子を受け取っていることが知られている。また、最後に交尾したオスの精子が受精に使われることから、オスは父性を確定するため、産卵するまでメスをガードする習性がある。