研究成果
パーム古木のデンプン蓄積メカニズムを解明
―環境負荷軽減に貢献する持続可能なパーム産業の実現へ―
令和6年8月9日
国際農研
マレーシア理科大学
パーム古木のデンプン蓄積メカニズムを解明
―環境負荷軽減に貢献する持続可能なパーム産業の実現へ―
ポイント
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概要
国際農研とマレーシア理科大学(以下、USM)の共同研究グループは、オイルパームの古木に含まれるデンプンと糖の量が、パームの生育状況や農園の環境条件に大きく左右されることを明らかにしました。
オイルパームは、寿命を迎えると伐採され農園に放置されます。放置された古木は、温室効果ガスの発生源となるだけでなく、病害菌を増殖させ、新しい苗木の生育阻害の原因となります。一方で、パーム古木にはデンプンと糖が含まれており、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの持続可能な資源として有望視されています。
本研究では、トランスクリプトーム解析2)を用いて、パーム幹中のデンプン含有量の変動要因を明らかにしました。その結果、パーム幹中に、病害感染時に見られる感染特異的タンパク質3)(PRタンパク質)が過剰に生成されると、デンプンの合成や蓄積が妨げられることを明らかにしました。また、パームの生育状態や農園の環境が悪化すると、パーム古木の植物免疫システムが活性化し、デンプン蓄積が抑制されることが示唆されました。
本研究成果により、農園環境の悪化がパーム古木中のデンプン含有量に及ぼす影響を明らかにし、デンプン蓄積を促進するための栽培管理技術の開発に繋がります。これにより、パーム古木を農園から効率的に回収し、古木中のデンプンを高付加価値製品の原料として利用することが可能になります。結果として、これまで廃棄物とされていたパーム古木が有用な資源として活用されることで、温室効果ガスの発生を抑制し、農園の健康状態を改善することができます。この循環型アプローチは、持続可能なパーム油産業の実現に大きく貢献すると期待されます。
本研究成果は、「Industrial Crops and Products」電子版(日本時間2024年6月7日)に掲載されました。
関連情報
発表論文
- 論文著者
- A Hanis, A Uke, K Sudesh and A Kosugi
- 論文タイトル
- Accumulation of starch and sugars, and effect on pathogenesis-related proteins in felled oil palm trunks from the replanting period
- 雑 誌
- Industrial Crops and Products
DOI : https://doi.org/10.1016/j.indcrop.2024.118863
問い合わせ先など
国際農研(茨城県つくば市) 理事長 小山 修
- 研究推進責任者:
- 国際農研 プログラムディレクター 林 慶一
- 研究担当者:
- 国際農研 生物資源・利用領域 鵜家 綾香
国際農研 生物資源・利用領域 小杉 昭彦 - 広報担当者:
- 国際農研 情報広報室長 大森 圭祐
プレス用 e-mail:koho-jircas@ml.affrc.go.jp
研究の背景
一方で、パーム古木に含まれるデンプンや糖分は、バイオエタノールやバイオプラスチックなどの原料として有望視されています。パーム古木を農園から効率的に回収し、これらを糖質資源として有効活用することは、環境負荷軽減にも繋がります。
研究の経緯
パーム古木のデンプンや糖含有量の変動要因を解明し、その傾向を把握することは、持続可能なパーム農園の管理やバイオエタノール生産などの産業設計において極めて重要です。そこで本研究では、パーム古木のデンプンと糖含量の変動要因に焦点を当て、安定的な利用に向けた新たな栽培管理技術の基盤を築くことを目指しました(図1)。
研究の内容・意義
- 管理されたパーム農園では、伐採後のパーム古木乾燥重量あたり平均46.2%のデンプンが含まれていることが分かりました。このデンプンは伐採後15日間も安定して柔組織内に存在します。伐採翌日からデンプンが分解し始めると、デンプン含量が高い幹内では糖液(樹液)濃度が約1%上昇し、伐採15日後に平均8.4%(84.4 g/L)に達しました(図2Aの高デンプン)。この糖液は、主にグルコース、スクロース、フルクトースなど発酵可能な単糖で構成されています。
- 伐採15日後のパーム古木3種類、すなわち、①高デンプン、②低デンプン、③子実体形成(ガノデルマ4)に感染している幹)について、トランスクリプトーム解析によって遺伝子の動きを比較しました。その結果、低デンプンと子実体形成では、高デンプンよりも多くの遺伝子が活発に動いていることがわかりました(図2B)。この現象は、カビに感染すると、植物の病害感染時に見られる防御応答システムである感染特異的タンパク質(PRタンパク質)が過剰反応し、デンプンの合成や蓄積が妨げられることを示唆しています。この知見は、デンプン蓄積メカニズムの理解とともに、病害対策としても重要です。
- 発現する遺伝子を詳細に調べると、低デンプンと子実体形成ではPRタンパク質が多く発現していることが明らかになりました(図3)。この結果は、生育状態や環境が悪化すると、パーム古木の植物免疫システムが活性化し、デンプン蓄積が抑制されることを示唆しています。
今後の予定・期待
今後は、健全な農園環境を保つことの重要性を広める周知活動を行い、実際のパーム農園でのパーム古木の持ち出しや管理運用を開始する予定です。さらに、回収したパーム古木をバイオエタノールやバイオプラスチックなどの高付加価値製品の原料として活用する技術開発を進めます。これらの取り組みにより、パーム古木の資源化が進み、パーム農園の環境負荷の軽減と持続可能なパーム油産業の実現に大きく貢献することが期待されます。
用語の解説
- 1) パーム古木
- オイルパーム(アブラヤシ)の果実の生産量が低下し、栽培寿命を迎え伐採される幹をパーム古木と呼びます。栽培年数約25~30年で皆伐され、新しい苗木に更新されます。
- 2) トランスクリプトーム解析
- 細胞や組織内で発現される全てのRNA転写物を網羅的に調べる手法です。これにより、異なる環境条件下での遺伝子発現の違いや新たな転写物の発見が可能となります。また、発現している遺伝子群を解析することで、それぞれの遺伝子の機能を解明する手助けとなります。
- 3) 感染特異的タンパク質
- 植物が病原体に感染、または乾燥や低温などの非生物的な環境ストレスにある際に植物体内で生成されるタンパク質の総称で、PRタンパク質とも呼ばれます。病原体の細胞壁を分解してその成長を阻害するキチナーゼやグルカナーゼなどの細胞壁分解酵素やプロテアーゼ活性を持つ病原体の外被タンパク質を分解するタンパク質分解酵素などが含まれます。
- 4) ガノデルマ
- ガノデルマ属糸状菌の総称で、オイルパームに感染すると、幹は水分伝達機能が阻害されるなどの影響で徐々に実の収量が低下し、やがて枯死します。インドネシアやマレーシアで被害拡大が問題となっています。