アンデス高地で栽培化された高地型キヌア系統の高精度ゲノム配列情報
栽培起源地とされるティティカカ湖周辺に生育する北部高地型およびボリビアのウユニ塩湖周辺の過酷環境に適応した南部高地型のキヌア自殖系統の高精度ゲノム配列情報は、キヌアの栽培化の謎を解き明かすだけでなく、その優れた環境適応性や栄養特性を解明するための重要なゲノム解析基盤として活用できる。
背景・ねらい
南米アンデス高地原産の孤児作物であるChe nopodium quinoa(キヌア)は、過酷な環境への高い適応能力と優れた栄養特性により、世界的な食料安全保障に重要な作物として注目されている。これまでに、136のキヌア自殖系統コレクションを作出し、それらの遺伝子型と表現型の連関解析から農業形質や耐塩性に対する多様性を明らかにした(令和2年度国際農林水産業研究成果情報B08「キヌア自殖系統コレクションの多様性」)。キヌアは、遺伝子型に基づいて北部高地型、南部高地型、低地型の集団に分類でき、低地型は、世界の温暖湿潤な地域で広く栽培されており、キヌア研究の標準系統としても活用されている。しかし、栽培起源地とされるティティカカ湖周辺の北部高地型、ボリビアのウユニ塩湖周辺の過酷環境(塩類集積土壌、年間降水量150 mm以下など)で栽培され、高品質なキヌアとして世界中に輸出されている南部高地型については、ゲノム情報の整備が十分に進んでいない。本研究では、北部高地型、南部高地型の高精度なゲノム配列の解読によって、キヌア集団におけるゲノム構造や多様性を網羅的に比較するためのゲノム基盤を確立する。
成果の内容・特徴
- 全ゲノム配列は、北部高地型J075、南部高地型J100のキヌア自殖系統を材料として、高精度のロングリード配列に基づいて塩基配列を解読したものである。
- 解読した配列の統合および連鎖地図を用いて整列化した北部高地型J075、南部高地型J100の全ゲノム配列は、配列をどれだけ長くつなげることができたかを示す指標N50が、71.2 Mbと70.6 Mbと、同種のゲノム配列の中でも世界トップクラスの数値である。これにより、18本の染色体レベルのゲノム配列を構築(表1)。
- 北部高地型J075、南部高地型J100の全ゲノム配列は、65,303個と64,945個の遺伝子情報を含む。さらに、ゲノムの完全性の指標となるBUSCO(陸上植物で高度に保存されている遺伝子セットに対する遺伝子の網羅度)が99%以上かつLAIスコア(ゲノム中の完全な単純反復配列の割合に基づく指標)が17以上となり、高品質かつ正確であることを示す(表1)。
- 系統間のゲノム構造や多様性の比較解析の一例として、キヌアなどナデシコ目の植物に特有な赤色色素であるベタレインの生合成遺伝子(CqDODA1, CqCYP76AD1)を含む領域では、近傍の遺伝子領域と比較してゲノム構造の類似性が低く、植物体の赤色の濃い高地型と薄い低地型の系統間差に関連することが示唆される(図1)。
成果の活用面・留意点
- ゲノム配列情報や遺伝子情報は、かずさDNA研究所の「Plant GARDEN」ポータルサイトで公開されており、それぞれの情報のダウンロードが可能なほか、植物種間での相同性検索システムに利用できる。
- 全ゲノム配列は、配列が決定されていない系統から取得される高精度なロングリード配列からの全ゲノム配列の決定に有効である。
- 北部高地型、南部高地型、低地型キヌア系統の遺伝子情報の比較によって、食料安全保障の観点から重要となるストレス耐性、収量安定性、高栄養価なキヌア品種開発のための作物デザイン素材の選抜に貢献することが期待される。
具体的データ
- 分類
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研究
- 研究プロジェクト
- プログラム名
- 予算区分
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交付金 » 第5期 » 食料プログラム » レジリエント作物
受託 » JST/JICA SATREPS » 高栄養価作物キヌアのレジリエンス強化生産技術の開発と普及
受託 » ムーンショット型農林水産研究開発事業
科研費 » 学術変革領域研究(A)
科研費 » 国際共同研究加速基金(海外連携研究)
科研費 » 基盤研究B
科研費 » 挑戦的研究(萌芽)
- 科研費
- 研究期間
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2021~2024年度
- 研究担当者
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小林 安文 ( 生物資源・利用領域 )
ORCID ID0000-0002-8357-6579科研費研究者番号: 00836968永利 友佳理 ( 生物資源・利用領域 )
藤井 健一朗 ( 生物資源・利用領域 )
ORCID ID0000-0001-7621-5962藤田 泰成 ( プログラムディレクター(食料) )
ORCID ID0000-0002-5036-8319科研費研究者番号: 00446395平川 英樹 ( かずさDNA研究所 )
ORCID ID0000-0002-7128-7390科研費研究者番号: 80372746白澤 健太 ( かずさDNA研究所 )
ORCID ID0000-0001-7880-6221科研費研究者番号: 60527026西村 和紗 ( 岡山大学 )
ORCID ID0000-0003-3298-8271科研費研究者番号: 60835453Oros Rolando ( PROINPA Foundation )
Almanza Giovanna Rocio ( サン・アンドレス大学 )
ORCID ID0000-0002-5362-252X安井 康夫 ( 京都大学 )
ORCID ID0000-0003-3804-7886科研費研究者番号: 70293917 - ほか
- 発表論文等
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Kobayashi et al. (2024) Front. Plant Sci. 15: 1434388.https://doi.org/10.3389/fpls.2024.1434388
- 日本語PDF
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2024_B02_ja.pdf867.6 KB
※ 研究担当者の所属は、研究実施当時のものです。