研究成果
捕食性原生生物が土壌微生物群集を制御する普遍的な仕組みを初めて実証
―原生生物の「捕食」を活かした環境調和型・次世代農業へ―
令和8年3月24日
国際農研
新潟大学
名古屋大学
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ポイント
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概要
国際農研、新潟大学、名古屋大学の共同研究グループは、微生物を食べるアメーバなどの単細胞生物 (捕食性原生生物、以下「捕食者」) による捕食が、土壌中の微生物群集の組成を左右する普遍的な要因の一つであることを世界で初めて実証しました。
土壌微生物群集は、炭素循環や養分循環など地球環境を支える重要な役割を担っており、その形成プロセスの解明は、土壌の健全性や環境リスクを評価する観点から近年ますます重要になっています。これまでの研究では、温度、水分、土壌pH、土壌養分量などの環境因子や植物との相互作用といった「ボトムアップ制御1)」によって土壌微生物群集が変動することが知られていました。しかし、捕食者が土壌微生物の群集形成に果たす役割については、主に分離培養などの人工的な条件下でしか検討されておらず、自然環境での実態は不明でした。
本研究では、スケールの異なる3つの手法 ―地球規模でのメタ解析2)、圃場試験、実験室でのマイクロコズム実験3) ― を組み合わせ、捕食者が土壌微生物群集に与える影響を包括的に評価しました。その結果、捕食者がその環境で優占する細菌を選択的に捕食することで、これまで目立たなかった細菌の割合が相対的に増加し、土壌微生物群集の組成が似通っていく「収束」がスケールを超えて普遍的に生じることを明らかにしました。さらに、収束する先は捕食者の種によって異なり、土壌微生物群集が異なる方向へ分化 (「発散」) することも示されました。これらの結果から、捕食者が土壌微生物群集の組成を「収束」と「発散」という相反する二つの方向からコントロールするプロセスが、自然環境下で機能していることを初めて実証しました。
本研究の成果は、捕食者の生態的機能である「トップダウン制御4)」を活用することで、土壌微生物群集を望ましい方向へ誘導するという新たなマイクロバイオーム工学5) の可能性を切り拓くものです。今後、この知見を応用することで、施肥量や農薬使用量を抑えながら養分循環の効率化や病原菌の抑制を図る新たな土壌管理技術の開発につながると期待されます。これは、環境負荷の低減と農業生産性の向上を両立させる次世代農業の実現に向けて、大きな一歩となるものです。
本研究成果は、国際科学専門誌「Nature Communications」オンライン版 (日本時間2026年3月18日) にオープンアクセスで掲載されました。
関連情報
- 予算
- 運営費交付金プロジェクト「開発途上地域を対象とした農業分野の総合的気候変動対応技術の開発」
科学研究費補助事業 (科研費)(JP22K14804、JP24K01654、JP25K02147)
発表論文
- 論文著者
- Rasit ASILOGLU, Hayato KUNO (久野颯斗), Mayu FUJINO (藤野まゆ), Seda BODUR, Murat AYCAN, Haruka ISHIZUKA (石塚晴佳), Shiori KAZAMA (風間栞), Shinya IWASAKI (岩崎真也), Jun MURASE (村瀬潤), Naoki HARADA (原田直樹), Miwa ARAI (荒井見和), Kenta IKAZAKI (伊ヶ崎健大)
- 論文タイトル
- Predator-mediated local convergence fosters global microbial community divergence
- 雑誌
- Nature Communications
DOI: https://doi.org/10.1038/s41467-026-70605-x
問い合わせ先など
国際農研 (茨城県つくば市) 理事長 小山修
- 研究推進責任者:
- プログラムディレクター 林慶一
- 研究担当者:
- 生産環境・畜産領域 主任研究員 伊ヶ崎健大
生産環境・畜産領域 主任研究員 荒井見和
農村開発領域 研究員 岩崎真也 - 広報担当者:
- 情報広報室長 大森圭祐
プレス用 e-mail : info-pr@jircas.go.jp
研究の背景
土壌には多様で膨大な数の微生物が生息しており、それら土壌微生物は炭素循環や養分循環など、地球環境を支える重要な機能を担っています。そのため、土壌微生物群集の組成や働きを解明することは、土壌の健全性や環境リスクの把握・評価、さらには地球環境の将来変化を予測する上で欠かせません。例えば、近年注目されているのが、微生物が取り込んだ炭素をどの程度効率的に利用できるかを示す「炭素利用効率」です。研究の進展により、炭素利用効率が高い土壌微生物群集ほど、大気中の二酸化炭素が植物体を経由して土壌に戻った際に、より多くの炭素を土壌中に固定できることが明らかになってきました。これは、土壌微生物群集を適切に制御することで、土壌を炭素の貯留源として活用し、脱炭素社会の実現に貢献できる可能性を示唆しています。
このように、地球環境や農業生産にとって重要な土壌微生物群集の組成を決定づける要因としては、温度・水分・土壌pH・土壌塩分濃度・養分量などの環境因子に加え、根圏効果などの植物との相互作用が知られています。これら、環境や植物側の要因によって群集が形成される仕組みは「ボトムアップ制御」と呼ばれています。一方で、アメーバやべん毛虫などの原生生物が、土壌微生物の多くを占める細菌を選択的に捕食することで、群集を変化させることも知られています。これは「トップダウン制御」と呼ばれ、群集形成におけるもう一つの重要な過程です。しかし、捕食性原生生物による土壌微生物群集への影響は、これまで主に分離培養などの人工的な条件下でしか調べられておらず、自然環境中での実態やその影響については十分に解明されていませんでした。
研究の経緯
本研究では、これまで十分に注目されてこなかった捕食者による「トップダウン制御」に焦点を当て、捕食性原生生物が土壌微生物群集の組成をどのように変化させるのかを多角的に検証しました。そのため、地球規模から実験室レベルまでスケールの異なる3段階の手法 ―地球規模のメタ解析、国内での圃場試験、実験室でのマイクロコズム実験― を組み合わせて、捕食者の影響を体系的に評価しました。
まず、6大陸138地点から得られた文献データを用いたメタ解析では、気候・土地利用・土壌条件など多様な環境因子のもとで、捕食者の存在が土壌微生物群集に及ぼす影響を全球規模で検証しました。次に、国際農研の熱帯・島嶼研究拠点を含む石垣島の複数の圃場で、気候・土地利用・作物条件を統一した上で、土壌条件のみを施肥などにより操作し、現地の自然環境下で捕食者の影響を実証的に評価しました。
さらに、これら2つの手法で得られた知見を因果関係の観点から検証するため、環境因子や植物との相互作用の影響を排除したマイクロコズム実験を実施しました。この実験では、捕食者の種の違いが細菌群集に与える直接的な影響を明確化することを目的としました。具体的には、①日本各地の森林、草地、水田、ダイズ畑、サトウキビ畑から採取した土壌から原生生物を除去して在来細菌群集を調製し、②それらを滅菌した焼成粘土 (土壌の代替物) に接種して栄養条件を統一し、③普遍的に存在する捕食者 (以下「普遍的捕食者」) を3種選定し、添加する場合としない場合を設定して比較しました。実験では、次の4つの処理区を設けました。
- 処理1 : 捕食者を添加しない対照
- 処理2 : Acanthamoeba castellanii* (Ac) のみを添加
- 処理3 : Heteromita globosa** (Hg、暫定的名称) のみを添加
- 処理4 : Vermamoeba vermiformis*** (Vv) のみを添加
* 棘状の仮足で細菌を包み込むように捕食する典型的アメーバ
** 細菌を1つずつ口部から取り込む小型のべん毛虫
*** 体を伸縮させながら移動し、進行方向の細菌を取り込むアメーバ
この実験系により、環境因子と植物との相互作用を一定に保った条件下で、捕食者の種の違いによる「トップダウン制御」の効果を直接的に検証することが可能となりました。
研究の成果と意義
- メタ解析と圃場試験の結果、双方に共通する傾向が確認されました。すなわち、普遍的捕食者が土壌中で優占する細菌を選択的に捕食することにより、それまで目立たなかった細菌の割合が相対的に高まり、土壌微生物群集の組成がより似通った状態へと変化 (収束) する可能性が示唆されました。
- マイクロコズム実験の結果、普遍的捕食者を添加することで、細菌群集の組成が大きく変化することが明らかになりました(図1a)。具体的には、捕食者の添加により優占する細菌 (ASV6) で評価)の相対存在量が有意に低下し (図1b)、一方で優占細菌のASV 数は有意に増加しました (図1c)。これらの結果は、捕食者が少数の優占種を抑制することで、より多様な微生物が共存しやすくなることを示しています。
- さらに、土壌微生物群集の類似度を解析した結果 (図2)、捕食者を添加した群集では群集間の類似度が高まり、捕食者の働きによって土壌微生物群集が似通った状態へと変化する、すなわち群集が収束したことが確認されました。
- 以上の結果 (図1b, 1c, 2) より、メタ解析および圃場試験で示唆された「普遍的捕食者がその環境で優占する細菌を抑制し、非優占種の相対存在量を高めることで群集組成を収束させる」というプロセスが実験的に裏付けられました。これにより、捕食者が土壌微生物群集の組成を左右する普遍的な要因の一つであることが明らかになりました。
- 一方で、図2の結果から、捕食者が Hg の場合、群集の収束先は Ac や Vv の場合とは異なることも明らかになりました。これは、捕食者の種によって土壌微生物群集が異なる方向へ分化 (発散) することを意味しています。
- これらの結果から、本研究は捕食者が土壌微生物群集を似通ったものへと導く「収束」の作用を持つと同時に、捕食者の種の違いに応じて群集を多様化させる「発散」の作用も持つという、二面性を明らかにしました (図3)。これらのことは、土壌微生物群集の形成プロセスにおいて、捕食者が重要な生態的役割を担うことを示しています。
今後の予定・期待
本研究は、土壌中の微生物群集を意図的に設計・誘導するマイクロバイオーム工学に、新たな方向性を示しました。これまで、土壌微生物群集の制御は施肥や農薬などによる化学的管理、あるいは植物との相互作用を利用した「ボトムアップ制御」が中心でした。これに対し、本研究は捕食者を活用した「トップダウン制御」という新しいアプローチを提示し、環境負荷の低減と農業生産性の両立を目指す次世代農業に向けて重要な知見を提供しました。
捕食者は、特定の細菌が過度に増殖するのを抑えることで、より多様な細菌が共存しやすい群集を形成します。さらに、捕食者の種によって土壌微生物群集の収束先が異なることから、この仕組みを活用すれば、目的に応じて群集組成を誘導することが可能です。こうした生態的メカニズムを応用すれば、施肥量や農薬使用量を抑えながら養分循環の効率化や病原菌の抑制を図る新たな土壌管理技術の開発につながると期待されます。また、捕食者の導入によって、炭素利用効率の高い土壌微生物群集に誘導できれば、土壌中への炭素貯留が促進され、脱炭素社会の実現にも貢献する可能性があります。さらに、土壌微生物群集の機能的冗長性7) を高めることで、干ばつや土壌劣化といった環境ストレスに対しても機能を維持しやすい、レジリエンス (回復力) の高い農地の形成が期待されます。
今後は、こうした将来像を具体化するため、機能的メタゲノム解析や同位体標識法などを組み合わせ、捕食者が土壌微生物群集の分類学的な収束や発散にとどまらず、機能的な収束や発散をどの程度引き起こすのかについて、さらに解明を進めていく予定です。
用語の解説
- 1) ボトムアップ制御
- 微生物の生産性に関係する栄養分や生育環境によって微生物の群集組成が制御される仕組みです。
- 2) メタ解析
- すでに報告されている多数の研究結果を集めて統合的に解析する方法です。個々の研究だけでは見えにくい全体的な傾向の把握や結果の一般化に有用です。
- 3) マイクロコズム実験
- 自然の生態系を擬似的に再現し、条件を制御した上で、特定の生物間相互作用や生物―環境相互作用を評価する実験系です。本研究では、メタ解析および圃場試験で得られた結果の一般性を検証するために用いました。
- 4) トップダウン制御
- 捕食者による捕食やウイルスによる溶菌によって微生物の群集組成が制御される仕組みです。
- 5) マイクロバイオーム工学
- 微生物群集を意図的に設計・操作して、望ましい機能を引き出すことを目指す応用志向の学問分野です。
- 6) ASV (アンプリコン配列バリアント)
- 細菌は種名だけでは区別が難しいため、特定の遺伝子配列の違いで細菌を区別した「観測単位」です。群集組成の違いを高精度で比較できることから、近年広く使用されています。
- 7) 土壌微生物群集の機能的冗長性
- 同じ機能を持つ土壌微生物が複数存在する状態を指します。機能的冗長性が高い場合、乾燥や pH 変化などの環境ストレスで一部の微生物が減少しても、他の微生物がその役割を補うため、土壌の機能が安定して保たれやすいと考えられています。
担当研究者の声
生産環境・畜産領域
主任研究員 伊ヶ崎健大
環境負荷の低減と農業生産性を両立する次世代農業の実現は、決して容易ではありません。本研究で明らかにした捕食者による土壌微生物群集の形成プロセスを、今後マイクロバイオーム工学の発展につなげることで、次世代農業の実現に少しでも貢献したいと考えています。
図1 マイクロコズム実験における細菌群集組成の変化
(a) 積み上げ棒グラフは各細菌分類群の相対存在量を示す。捕食者添加処理群のAcはAcanthamoeba castellanii、Hgは土壌性グリソモナド Heteromita globosa、VvはVermamoeba vermiformisを示す。捕食者の添加により、細菌群集の組成が処理ごとに大きく変化している様子が分かる。
(b) 対照群で優占する細菌ASVの捕食者添加処理群における相対存在量。捕食者を添加すると、もともと優占していた細菌の相対存在量が有意に低下することを示す。
(c) 対照群と捕食者処理群のそれぞれで優占する細菌ASV数。捕食者の添加によって、優占する細菌ASVの種類数が増加し、微生物の多様性が高まることを示す。
*は統計的に有意であることを示す (p <0.05)。
図2 捕食者添加による細菌群集の収束パターン
Bray–Curtis非類似度に基づく非計量多次元尺度構成法 (NMDS) による捕食者添加処理群での群集変化を示す。図中で距離が近いほど群集が似ていることを示す。横軸 (NMDS1) および縦軸 (NMDS2) は、細菌群集間の類似度を二次元上に配置したときの相対的な位置を表す指標であり、特定の環境因子などと一対一に対応するものではない。捕食者添加により、異なる土壌由来の細菌群集が、捕食者の種ごとに特定の方向へ収束する傾向が確認された。
図3 捕食者による土壌微生物群集の収束と発散の二面的制御プロセス
もともと組成の異なる二つの群集AとBに、異なる捕食者α (赤) とβ (青) をそれぞれ添加すると、同じ捕食者にさらされた群集同士は次第に似た組成へと変化する (収束)。すなわち、捕食者αの影響を受けた群集AαとBαは互いに似通い、捕食者βの影響を受けた群集AβとBβも同様に似通う。一方で、群集が収束する方向は捕食者の種によって異なるため、捕食者αの影響を受けた群集Aα、Bαと、βの影響を受けた群集Aβ、Bβは、それぞれ異なる方向へと分化 (発散) し、互いに似なくなる。